第104期 #8

Masjid

 女性は一日に五回礼拝をする。男性は金曜日の正午に一回、集団礼拝をする。

 まじめだね
 女性は身分が低いからたくさんお祈りをするの
 なんで宗教があるのだろう
 苦しみを取り除いたり、人を幸せにするためだと思う

 彼女はそう答えた。僕には垣根にしか思えなかった。

 結婚しようよ
 ムスリムは同じムスリムとしか結婚ができないの
 神道はどの宗教の神も認めているよ
 あなたも同じ仏教徒と結婚したら?
 ここの仏教徒はみな中華系だけど、中国人と日本人は違うよ
 じゃあキリスト教徒と結婚したら? と彼女は云った。

 彼女のJilbabを取った姿が見たいと思い、海へ行こうと云ってみた。

 どこかいい場所知らない?
 Pantai Cerminに行ってみる?

 誰が用意したのか、いつもは街の中を走る小さな乗合バスを貸し切って、彼女と友達十人で海へ出掛けた。
 バスの中はポップスが流れていた。菓子の袋を手に手に回した。みんな笑顔で会話を交わしていた。
 女子は簡単に男子と腕を組んだ。相手の肩に頭を預け、手を取り、写真を撮る。そしてFacebookに投稿する。それを見た友達はコメントをする。恋人同士でもないのに、パーソナルスペースが近いことに起因するのか。彼女もまた然り。諦めにともない見るのも慣れて、感情も波打たない。
 海岸に着いた。男女別れて脱衣室へ。Jilbabを取ってきた子と付けたままの子がいた。Jilbabを取ることに、それぞれ考えを持っていた。
 取らなかった子は海にも入らなかった。取った子たちのいつもと違う印象に、はっとさせられた。
 Jilbabを取った彼女に、今までにない親近感を覚えた。海藻のように濡れた黒い髪の毛。もう国境もないように感じた。目の前の海は一番大きな存在だった。
 彼女と浜辺に座って焼きトウモロコシを食べた。生まれ変わったら一緒になれるかな、そう云うと、生まれ変われると信じているの、と彼女は僕に訊いた。
 帰りにMasjidに寄った。女子たちは礼拝に、男子たちは外で煙草を吸った。僕ともう一人、Jilbabを取らなかった子がバスの中に残っていた。どうして行かないのと訊くと、月経なのとその子は答えた。
 Masjidは夕陽に赤く照らされていた。建造物というより、地面から出てきたような印象も覚える。
 僕は彼女がいるMasjidの中の世界を知ることができない。だから、僕たちは結婚することができない。



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