第104期 #7
「カツオお兄様、その態度、失礼ではございませんか」
と言ったワカメは中国出身の妹で、中国国籍を持つ親に育てられただけあり、日本語も非常に達者。その丁寧さが鼻につくほど。
僕は、学校終わり中嶋と一緒に野球の練習をする約束をして、一刻も早く空き地に行かなければならなくて、なぜなら空き地を占領するために早めに行く役を中嶋から仰せつかっているわけで、いかんワカメの口癖がうつってしまったじゃないか。
家に帰るや否や空き地むかって一目散、姉さんに捕まればまたお使いやら掃除やら面倒くさいことを仰せつかるわけで、いかんまたワカメ。ランドセルを投げ込んで空き地に向かおうとすると、もう家に帰っていたワカメが部屋からすすすと出てきて、
「カツオお兄様、お帰りなさい。ワカメね、お兄様に言いたいことがあるのだけれどいいかしら」
とかなんとかやけにごちゃごちゃといいやがり、僕が、
「ああ?今忙しいから後で」
と玄関から飛び出そうとするとワカメが駆け出して手を握られて、
「なにするんじゃオマエ今忙しいから後でっていっただろうが」
と怒鳴るとこれだ。
失礼も何も、いつもと同じようなこと言ってるだけなのに今日は何なのだろうって思って僕はいったん立ち止まりワカメの方を見たよ。
ワカメは目に涙を溜めて、
「お兄様ひどい」
とかなんとかつぶやいている。
下唇を噛み締めて悔しそうな表情で、僕は後味の悪さでいっぱいになる。
それで、
「どうしたんだいワカメ」
と尋ねてみると彼女は、
「ワカメ、中国人なの?日本人じゃないの?」
ときた。
これは難しい問題、あくまでも魂の問題だから、
「そういうことはお母さんの李さんに聞きなよ」
と言っておいた。
李さんは中国からナミヘイ父さんの嫁にやってきたワカメの実の母親で、だから今の僕の母親でもある。僕としては母親はフネおかあさん一人だと今でも思っているから認めたくないけれど僕はもう32歳の大人だぜ、だから本当のお母さんみたいに李さんに接している。その李さんならうまく答えてくれそうな気がした。
実際李さんはとても聡明な人で、だから本場の中国舞踊を見に行った父さんに口説かれて日本にやって来れたわけだし、いろんな場面で最善の道へ導くことのできる人だから。