第104期 #5

愛を注ぐ

 買い物帰りの道にて、井戸端会議中である顔見知りの奥様方を見かけたマダムは、迷うことなくその集まりに参加する。しばらく聞きに徹したところ、子供への虐待を話の種にして、盛り上がっているらしかった。
 "虐待されて育った子供は、喋らず、考えない。消極的になり、物事に取り組もうとしない"そうだと、会話に参加する人が口々に言う。しかし奥様方は、いずれも話半分の態度である。そのうち話題が成熟すると、のんきな調子で声をかけあい、互いに互いを協調するのみだった。

「とんでもない。うちの子は、絶対にそうさせないわ」

 さりとてマダムだけは、ちぎった肝臓を悲しみに浸す思いに捉われる。子供が愛されずに育つなど、あってはならない。報われない子供たちのためにも、自分の息子へこれまで以上に愛を注ぐことを、マダムは一段と決意する。
 家に帰ると、早速、最大限の愛をもって息子をいたわった。欲しがるおもちゃは何でも与えてやったし、嫌いな食べ物は与えないでやった。
 息子のために駆け回る中でも、マダムの、子供の考えを先回りする洞察力と器量には目を見張る。息子が唇に指を当ててぐずるときには、すかさずご飯を用意したし、その他もろもろだ。過保護すぎるかもしれないが、愛されないよりは、幾分も良い。
 このままの調子で数年が経過した。マダムは日々に満足している。そして順調に育つ息子である、しかし、彼は物事に取り組もうとしないし、喋りもしなかった。



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