第104期 #11
「何故雨が降らなくなったのでしょう」
「さあ、何故でしょう」
殺風景な砂漠のど真ん中に、酒場が一軒。廃墟か砂塵か仙人掌しか見えない中で、ぽつんと置いてあるかのように居を据えたその酒場は、どうにも場違いな風景だった。
しかしこの店、品揃えは豊富なのである。街の酒場と比べても引けを取らない、いやむしろ勝る程に。
そういうわけで、その酒場は旅人にとって砂漠越えには欠かせない一種のオアシス代わりとなっていた。
「しかし、すごいですね。よくこんな所で様々な品物を」
「いえいえ。私も昔は巨万の富を抱えふんぞり返るような奴でしかなかったのですが。妻と息子を事故で亡くしてから、富が今では全く意味のない物だと気付きまして」
「ほう」
「せめてこの富を何か役に立つようにと色々考えたのですが。その矢先、この大干ばつが起こりましてね。急速な砂漠化に耐えかね、次々と街を去っていく人達を見て、私は思ったのです。私だけは残って、この酒場を今迄と何一つ変わらないように、いくら富を削ろうともやっていこうと。妻や息子と共に暮らしたこの店で、ずっとやっていこうと」
「成程。すみません、お気に障ることを聞いてしまって」
「いや、こんな辺鄙な地となっては寂しい思いもどうしても拭い去ることはできなくて。話を聞いてもらうだけでも幸せなのですよ」
「そうでしたか。ところで、あれは何ですかね。随分と古ぼけているようですが」
指を差した先。埃を被った、酒場の軒先に吊るされている代物。
「ああ、それは。息子の形見ですよ」
「形見?」
「ええ、実はですね。妻と息子を亡くしたその日は、妻が息子を連れて遠足に行った日なのです」
「なんと……」
「私は行きませんでした。かつての私は愛情を忘れてしまっていたのです。後悔してもしきれません。あれは、息子があの日晴れるようにと、前日にせっせと作っていたてるてる坊主なのです。いくら埃を被ってようとも、捨てるに捨てられなくて。思えばあの辺りですかね。大干ばつが起き、街の人々が離れていったのは」
「まさか。あのてるてる坊主は子供の願いをずっと……」
「はは、そうだったら面白いですね。にしても、無駄話が過ぎました。よろしければ注文を。話を聞いてくれたお礼に一杯くらいおまけしますよ」
「それはありがたい! ではお言葉に甘えて……」
子供の願いは、てるてる坊主に込められて。
ずっと、ずっと、晴れ上がった天気を導き続けている。