第104期 #10

ビーフハート

ルーシーは嘆く。遥か上空。具体的には高度一万メートル。個人的にはファッキング・ワークについて。糞くらえ。ため息が出てしまう。思い出すのは数週間前のハイスクール同窓会。ルーシーはあの頃と変わらぬ持ち前の美貌同様、彼女の仕事についても憧れや賞賛の声が挙がるのを期待していた。『やはり君は我々の永遠のヒロインだな』…だけど実際はどうだった?「大変でしょう?足が棒にならない?」「離着陸のとき、向かい合わせに座るでしょ?あのとき、なんて話しかけたらいいのかな?」「嫌な乗客ベスト3を教えてよ。まずは101位から!(笑)」「去年のプレイメイトオブザイヤーは、確か君と同じ航空会社の子だったっけなはは」…ヨーコは半分やっかみだから赦す。ボビーは近い将来放っておいても刑務所に入るような輩だからこの際赦す。ドノバンはそのうち殺す。とっておきの方法を思いついたら。手始めにリアムはフライト前に右翼に紐でくくりつけておいた。今ごろ凍死か窒息死している。「見て!あの右の翼!」乗客のひとり、ブランケットババアが窓の外を指さして叫んでいた。彼女は離陸前、意味もなくルーシーに「違うブランケットを持ってくるように!」命じた。それはまるで新しく買ったサイクロン式掃除機に、わざと大きなゴミを吸わせて精度を試す悪質な試運転のような行為だった。「聞こえないのかしら?そこのミス…」間近にはルーシーしかいなかった。私はマシンじゃないわ。ルーシーはキレたい気持ちを抑え、口角を上げた笑みを携え、翼が多少揺れてる(ように見える)のはなにも問題はないということを和やかに説明した。当機も、はしゃぎすぎの貴女の頭もね。そしてルーシーは持ち場に戻り「ビーフ?オアチキン?」の声明を繰り返す。「ビーーフ!」先刻、シートの倒しすぎをルーシーに窘められた男が聞かれる前から居丈高に告げた。「申し訳ありませんお客様、ビーフはもうナシングでして」「知ってるさ。後ろの連中はのきなみチキンをご所望のようだな。いったいどれだけチキンなんだよ」男はハハハと笑うと不自然に黒々しいあごひげに手を当てて「それとさ、ビーフはないのに、なぜ聞く?」そう問われてルーシーは絶句した。「俺のハートはビーフなのさ、ぶ厚いんだ」男はいうと、つけひげとサングラスを外し悪戯っぽく白い歯を見せた。「俺だよルース!、ドノバン様だよ!」「ないわ!」ルーシーは喰い気味に即答した。



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