第103期 #9
頭を上に向けた大型の旅客機が音を立てて昇っていった。屋上の塀に両肘を立てて、一枚、二枚と写真を撮った。滑るように左へ旋回すると、向こうの空へと姿を小さくしていった。高い空は、薄く引き延ばされた雲がゆっくりと流れていた。
屋上には授業の合間を潰しに来た一年生の女の子たちが集まっていた。僕と一緒に屋上へ上がってきた三年生の男の子が、塀の影の中で日本の話をしたり質問に答えたりしていた。
僕のつたない外国語でも何を話したり訊いたりしているのかは理解できた。三年生が時折僕に訊いてくるので、「そうだね」と答えると、一年生の女の子たちもふーんと納得して、そして日本へ行きたいと互いに目を細めて言い合った。
文部科学省の留学試験に合格するには日本語能力試験の二級以上の実力が必要で、中国や韓国など日本語教育の強い国でないとなかなか合格する学生を育てるのは難しい。また同じ国の中でも地域によって環境面の差が開いていて、日本語を勉強しても、日本へ行く機会を得られない学生が世界中に居る。
一年生の女の子たちに日本のどこへ行きたいか訊いてみた。
しんじゅく、はらじゅく、いけぶくろ。
みんな東京の街だね、若い人たちの街だね。
ちがいますか。
どう違うのだろう、僕も東京に住んでいないから分からないや。
あきはばら行きたい。
秋葉原は機械の街だね、パソコンやゲームの街だね。
ほっかいど、きょと、おさか、おきなわ……あとゆきを見たい――。
後輩たちに日本の話をする三年生の彼も、まだ日本へ行ったことがない。学年一日本語の上手な彼は、おそらく日本へ行く機会を得られるだろう。しかし、逆に言えばこの大学、この地域に居る彼と同学年の学生たちが、日本へ行く機会を手に入れるのは難しい。日本へ憧れの目を向けてくれる学生は多いが、日本へのハードルは高い。
この一年生たちの中で将来何人が日本の地を踏めるだろう。今の僕の預金残高を思い出し、何人分の往復チケットが買えるか考えた。
また一機飛行機が飛び立った。毎日何本と飛び立つ飛行機だ。学生たちは気にも留めずに話を続けている。僕はまだ若僧だ。日本語を学び、憧れを抱いた彼らを、日本へ連れて行く力が無い。彼らのためにしたいことがたくさんある。今の僕に必要なのは資金力だ。
彼らと共に日本へ飛ぶ時を高い空のキャンバスに思い描いた。飛び立った飛行機に向けて、僕はまたシャッターを切った。