第103期 #6
北欧産金髪碧眼美女を求めてリュックひとつフィヨルドへ乗り込んだら、荒波産ヴァイキング的大男と親しくなった。彼は名をエドヴァルドといった。ムンクと同じなんだぜ、と彼は顎ひげを動かしながら得意気に言って、それが妙に印象的だった。彼もまた何かを求めているようだったが、それが何かは知れなかった。自ら建てたロッジに仮住まいをし、近くの大木に手を触れ瞑想しては、「いま行動を起こせば不吉なことになる」と言って酒を飲む。エドはそんな男だった。彼はヴァイキングに相違なかった。荒々しい神々に仕える北海の猛者そのものであった。
「だがな、コウイチ。おれにも致命的な欠点があるんだ」
散歩の途中、目を閉じながら彼はそう告げた。
「何だい、それは」
「おれはキリスト教信者なのさ」
自嘲と誇りを含んだ笑みを漏らしてエドは言った。改宗する気はないのか、と僕は尋ねた。改宗しようと思ってもできないのさ、と彼は答えた。どうしてさ、とさらに尋ねると、彼は人差し指を唇に当てて低く囁いた。
「おれの純粋さが、それを許さないのさ」
彼はどうやら自らの信仰を疑う術を失っているらしかった。そのことに関して、僕は三つの事象を発見した。一つ目は、やはり彼は愛すべき純粋なヴァイキングであるということ。二つ目は、僕も僕の見る世界を疑ってはいないが、その確証性をもたらす純粋さは、僕の中のどこにも見出せないということだった。「我思う故に我あり」とは有名な言葉だが、そのときの僕こそは、あらゆる中で最も危うい存在だった。三つ目は、僕はやはり北欧美女が好きだということだった。語るエドの背後を「そのもの」が通りゆくのを、僕は決して見逃しえなかった。それが僕の唯一の純粋さと言えば、あるいはそうかもしれないし、単なる詭弁かもしれなかった。
ともかく僕はそれらのことを、そのとき初めて意識したのだった。
「そら、旅立ちのときだ」
ある朝起床するなりエドは車に乗り込んだ。僕もそれに従った。
「ヘイ、きみは何しに行くんだい」
「ヤー、北欧産金髪美女を探しに」
「そんな目的でいいのかい」
「それで十分だ」
「いや、おれならそこにもひとつ付け足すね。『ピュア』って言葉をさ。女はそうに限るぜ」
「そりゃいいね」
確かに僕はそれを求めているのかもしれなかった。
「僕には手垢がつきすぎた」
ぼやくように出たその言葉は日本の言語だったが、エドは何も聞かず、ただ小さく肩をすくめた。