第103期 #16
モーツァルトのボツ曲。
ブラック・アイド・ピーズがいつのまにかヒップホップをやらなくなっていた。
真冬の太陽がくろぐろと燃える雪を降らせていたのに気がつかなかった。
ボクサーと猫が雑踏の中にたたずんでいる。
「なるほど、対比、というやつですな」
目の前に現れたステッキを持った老紳士が言う。
雑踏、の中の津波のまぼろし。
電信柱は地面から突き出しているように見えるか? それとも電信柱は地面に突き刺さっているように見えるか?
ビル影、シルエットの中にゴング響き渡り、セコンドの手により解き放たれたグローブの中にはばらばらになった人形。握りしめて、強く強く握りしめて抱きしめてばらばらになった人形。人形は小さい。
人間は小さい。かみさまのそのちいさなかなしみを、小さいころ飼っていたペットが逃げたとか、好きな子が引っ越していったとか、そのような小さな悲しみを形にしたものだから。人形は小さい。ひとの、そのちいさなよろこびをかたちにしたものだから。
ばらばらになった人形はなおるのだろうか。接着剤で固めて、抱きしめて、夜の間ずっと歩きまわって、またもどるかもしれない。違う形になら、かえれるのかもしれない。四分三十三秒、モーツァルトの曲が鳴り響いていて。アスファルトとアスファルトとコンクリートの間の虹の形。ビルの形。ゴング。テンカウント。
「わたしの十秒とあなたの十秒の、違いは、零コンマ八三秒です」
十字架、鍵盤突き刺さってばらばらになって、それで歌があって。静脈、アフリカ、全て忘れられて。ブラウン管の中、かわいい人形が歌っている。赤いリボンの少女が、それを眺めている。
リングの中央、アスファルト、アスファルトアスファルトアスファルトの間のビルのシルエット。
「たいていの奴らはなまるいビールの味を知らない。わたしは好んで飲むのだがね」
体中鍵盤。メロディ。
街頭、メロディ、マイクを持って百人から「愛してる」を録音させてもらった。
四分三十三秒。これをどうしよう。なんでこんなことをしたんだろう。世界中から突き出した電信柱。世界中に突き刺された電信柱。砂漠の中でたくさんたくさん重なり合っていて、捨てられてしまった十字架のように重なり合っていて。涙の味は、生ぬるいビールの味に程遠い。わたしたちはあいに程遠い。
猫が逃げていく。針金で出来た鳥籠の中に、リボンで縛られたリングの中に、猫が逃げていく。