第103期 #17
僕の恋人は詩人である。それから忘れないうちに言っておくと、僕の恋人はアンドロイドであって、彼女はアンドロイドであるがゆえに詩人なのであって、つまりアンドロイド風情が詩人のまねをしていると考えるのは多分間違っていると僕は思う。
「ねえたくちゃん」
と彼女が僕を呼ぶとき、じつは僕の本名は全く違うということに僕は少々苛立っていて、
「ねえねえたくちゃんたら、いまエッチなこと考えてるフリして何も考えてなかったでしょ」
と言われても、本当は少しエッチなことを考えていたのだが、
「まあそうともいえるね」
と僕は極力、アンドロイドであり詩人でもある彼女の会話に自分を合わせるようにしているのだけど、彼女にとってはそういう気遣いこそが二人の距離を遠ざけているのだという。
「ねえたくちゃんていうかタクアン和尚、もしくは君が東京タワーのてっぺんからエッチな言葉囁いてくれたら、私いける鴨」
これは詩なのか?
「僕はたくちゃんでも、ましてやタクアン和尚でもない」
「知ってるわ」
僕はいよいよ馬鹿にされているような気がしたので、彼女の無防備な春色の頬をパチンと平手打ちした。
「もう君を気遣うことはやめた。あまり調子に乗るなよ!」
僕は春が嫌いだ。でも彼女の頬は柔らかい。
「最低。女の子に暴力ふるうなんて」
と言って僕を睨みつける彼女を、優しく抱きしめようとすると彼女はボクサーのように身をかわしながら僕の股関に一発、強烈なひざ蹴りを入れ部屋を出ていった。
そして床にうずくまる僕は世界を呪う塊に成り下がっていた。何か優しい言葉が必要だった。
「ごめんね、たくちゃん」と彼女が電話をよこした。「私のこと嫌いになっていいよ」
「今どこにいる?」
「知らない」
「僕を嫌いになったのか?」
「わからない」
僕は鉛のように痛む股関を引きずりながら彼女を捜しに出掛けた。女の子って本当に面倒くさい。
それから僕は何日も街をさまよった。ある晴れた日、後ろ姿が彼女に似ていたので僕はその女に声をかけた。
「すみません。あなたは詩人ですか?」
「そうだけど」
「あなたは彼女そっくりですが、あなたは僕の捜している人ですか?」
「私、人じゃなくてアンドロイドよ」
「僕の名前知ってますか?」
「私、好きな人の名前は全て記憶から消去するの」
「なぜ?」
「だって好きな人が、死んだあともずっと同じ名前なんて耐えられない。だから先にね、名前のほうを殺すの」