第103期 #14

畜笑

 その日、私は自分の部屋で寝転がつて、敷島吹かして、講談本を読みふけりながら、起きるも寝るも自由な身分を謳歌してゐたのだが、ふと、《人畜》でも買つてみやうか、なぞと思い立ち、ぶらぶらと浅草六区に出かけてみたのだが、噂に聞く人畜といふものはどこにも見えず、はてあれは友人一流の法螺であつたかと、肩を落として帰らふとしたところ、天突く浅草十二階の入り口付近に、なにやら女衒屋の主人の如き面構えをしたる男がゐるので、もしやあれがそうか知らんと声をかけて見ると、まさに人畜飼いを生業としたる人畜屋の香具師にて、恐る恐る「一匹、や、や、一人といふのか、数え方が分からぬが、欲しいのだよ」と云ふと、男は完爾と笑つて、「これは旦那も運がよろしい、私がお連れしませう」と私の袖を引いて、ぐんぐん六区の貧民窟じみた界隈に入りこんで行くので、おおいに慌てたのだが、あつという間に目的の場所に着いたらしく、見事な店構への赤格子の女郎屋の前で立ち止まり、中に入れと薦めるので、おずおずと玄関口から入つて見ると、豈図らんや、まるで竜宮城の御殿みたくにて、金銀紅の綺羅綺羅尽くしに、三人官女に五人囃子、右大臣に左大臣、左近の桜右近の橘咲き乱れたるに、これはだうしたことだと怪しんでいると、奥より牛頭馬頭を率ゐたる若い娘が現れて深ヽと頭を下げるものだから、呆気に取られてゐたのだが、よくよく娘を見てみると、髪は白く眼は赤く、毛党の云ふところのあるびので、成程、猫と兎と禽の混じつたるが如くにて、これが人畜かやと感心してゐると、娘はすヽと膝を進め、私の右手を取り、「御馳走を用意致しましたので、だうぞごゆるりと」と奥の間に連れてゐかうとするので、ついてゐくと御膳の上に赤身の刺身の如きものがあり、どれどれ食してみると、初めて食う肉で、臭みがはあるが中ヽに美味にて、食ゑば食ふほど身体が軽くなる心地がして、ぱくぱくと口に運び運び舌鼓を打つていると、なにやらごりごりと音が聞こゑるので、何事かと見てみれば、先ほどの牛頭馬頭が私の足を鋸で挽いてゐる音で、畳が血で濡れてらてらと光つており、切り口の白は骨かしら脂かしらと思ひつつ、はたと手を打ち、ああ、何だ俺が食ふたのは自分の手足であつたかと、堪えきれず笑いだし、アハアハアハアハと笑ふと、娘も牛頭馬頭も大いに笑ゐ、人畜屋までも笑つているが、よく見れば、それは友人の顔で、アハアハアハアハ。



Copyright © 2011 志保龍彦 / 編集: 短編