第103期 #12
あるところに、オヤジが居ました。
極々フツーのサラリーマンを、極々フツーに30年勤め上げ、未だに平社員でした。
何故でしょうか。今でも分かりませんが、オヤジは突然叫びました。
「こんな仕事辞めてやる!」
月末になり、オヤジは本当に会社を辞めました。
万年ヒラだったわけで、オヤジとしては、一切、未練はありませんでした。
しかし、問題があります。
いくら万年ヒラとは言え、妻帯者なのですから。
特に何のアテもなく仕事を辞めてしまったら、生活に困ります。
オヤジは、辞めてからその事実に気付きました。
子供は既に独り立ちしているから、迷惑が掛かるのは奥さんだけですが、それでも一体どうしたものか、と途方に暮れました。
とりあえず、公園出勤なぞしながら、どうしようか考えました。
そんなある日の夜、オヤジは、屋台でラーメンを食べました。
美味しいは美味しいですが、別に有名店というわけでもなく、素材に拘っているわけでもなく、そんなに飛び上がって喜ぶほど美味しい店というわけでもありませんでした。
しかし、オヤジは突然叫びました。
「これだ!」
それから毎日、オヤジは、あらゆるラーメン店を巡りました。
三ヵ月後、オヤジはラーメン屋を始めました。
オヤジの隠された才能か、オヤジのラーメンは美味しかった。
一ヶ月もしないうちに、大手ではありませんが、雑誌にも紹介され、そこそこの客が入り、黒字でした。
退職して、半年もしないうちに、オヤジの収入は、昔の給与を上回ってしまいました。
その後も右肩上がりで収入は増えていきます。
でも、奥さんには内緒でした。
元々、財布の紐はオヤジが握っていて、毎月、生活費を渡していたので、退職後も同じだけの金額を渡して出勤していれば、ばれなかったのです。奥さんは専業主婦であり、パートで稼いだお金で、お友達とお茶などするという、普通の人だったのも、ばれない要因だったでしょう。
そんなこんなで、数年後のある日、事件が起きました。
夜中に、オヤジの携帯に入った知らせ。それは、お店が燃えている、という事でした。
不審火でした。
次の日、焼け落ちた店を見て、オヤジは叫びました。
「こんな仕事辞めてやる!」
再建すれば、また流行るでしょうに。
また公園出勤に戻った親父は、雑誌のラーメン特集を読んでいて、これまた突然叫びました。
「これだ!」
今のオヤジは、匿名のラーメン評論家として、がっぽり稼いでいるとか。
でも、奥さんには内緒だそうです。