第102期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 天使か悪魔か ナカザキノブユキ 794
2 smile for you 櫻井かの 682
3 あの歌声をもう一度… 浜野 幸久 701
4 短編 Qua Adenauer 1000
5 考えながら生きている 並盛りライス 420
6 タキチへの憧れ urem 1000
7 「君を待つ」 09 979
8 東京物語 幸田 995
9 君が喜ぶこと 悲しむこと クマの子 1000
10 青鬼はユーモラスに舞って なゆら 977
11 最近の政治状況について 朝野十字 1000
12 エム✝ありす 1000
13 さぁ、はじまるぞ! おひろねX 790
14 東京裁判 ロロ=キタカ 941
15 『風神病者、逝く』 吉川楡井 1000
16 もう銅にも止まらない 謙悟 959
17 天使の矢 euReka 1000

#1

天使か悪魔か

 ある日のことです。
 心優しい天使と、ズル賢い悪魔が顔を合わせました。
「やあ、天使さん」
「ずいぶんお久しぶりですね。悪魔さん」
「せっかくお会いしたのですから、お互いがどれくらい能力が上がったものか勝負してみませんか?」
「いいですね。では、どういたしましょう?」
「ああ、ちょうどいい。あそこにいる若い女性に早く涙を流させた方が勝ちというのはいかがですか」
「わかりました。では、悪魔さんからどうぞ」
「いきますよ」
 すると、女性の携帯電話がけたたましく鳴り始めました。
「もしもし? えっ!? お父さんが?? マジで! どうしよう……」
 悪魔は勝ち誇ったように言いました。
「彼女の父親を急死させたのです。これで私が勝ったも同然ですね」
「それはどうでしょう」
 天使は余裕しゃくしゃくに応えました。
 慌てた様子の女性でしたけれども、何やら様子が変です。
「なんだよ、このクソ忙しいときに死んじまいやがって……。あいつのせいで、あたしと母さんがどんだけ苦労したと思ってんのよ! あんな奴の葬式なんて行ってられないわ」
 悪魔は唖然としています。
「こんなはずでは……」
「それでは私の番ですね。いきますよ」
 天使がこう言うと、女性の目の前に若く逞しい男性が現れました。
「誠一郎さん、どうしたの?」
「君に話があるんだ」
「話って、何??」
「結婚しよう!」
「えっ?!」
「君をぜったい幸せにする。俺についてきてくれ」
「せ、誠一郎さん……こんなあたしでよかったら」
「五年も待たせてすまない」
「い、いいのよ……そんなこと」
「愛してる」
「あたしも……」
 そして、女性の頬を大粒の涙が零れ落ちました。
「どうやら私の勝ちのようですね」
「うむ。仕方ない……でも、次は負けませんから!」
「いつでも受けてたちますよ」
 天使と悪魔は堅い握手を交わして、その場を後にしました。それから、女性と男性はいつまでも幸せに暮らしたということです。


#2

smile for you

『ん?どした?』


私が泣きそうな顔を
しているといつも
そう声をかけてくれる。


『ん〜?ゆってみ?』


優しすぎる顔で
私に笑いかけてくれる


少し鼻にかかった声で
ん?って言ってくれる



そんなあなたが大好き


「なんでもないっ!
大丈夫よ?ごめんね」


そういうと私を
軽く抱き寄せて


あなたのハンバーグみたいな
ちいさくて柔らかい掌で
私の頭を撫でてくれた


その優しさに
耐えきれなくなった涙が
私の頬をつたうと


『無理すんなよ』


そう言って
今度はあなたの胸に
私をすっぽりいれて
泣き止むまで
抱きしめてくれたよね



泣き止んだら



『ん?大丈夫?』


私を見下ろして
とろける笑顔で
そう聞いてくれたね


ねぇ、和。
あなたのその優しい顔と
甘い声が大好き。


ん?って言ってくれたら
どんな時でもどんなことでも
大丈夫な気がした。
楽になれたんだよ


ねぇ、和。
大好きだよ?


泣き終わった私に
あなたなんて言ったか
覚えてる?


『最高の笑顔で笑ってよ?
おまえには笑顔が1番だよ。
笑ってみ?ん?』


あなたのくせかな?
必ず、ん?って言うんだよ


 私はそれが大好き。



ねぇ、あなたのために
笑うよ?見ててね?


あなたはきっと


ん。きれい!!


そう言ってくれるよね。


それからあなたも
最高の笑顔を返してくれる



あなたのその笑顔が
見られるのなら


私は何度だって
どんな時だって
あなたのために笑うよ。



smile for you



一緒に笑おう?


#3

あの歌声をもう一度…

 晴海、君は覚えているだろうか。
 君と過ごした三年間。中学という場所で、共に笑い、泣き、戦った、あの日々を…

 幸夫は買ったばかりのいい薫りのする便せんに、傷だらけの小さなシャープペンシルで、そう書き連ねた。

 僕は君のことが心から好きだった。愛していると書き記さないのは、僕の気持ちが、大好き、という言葉に近いからだ。
 君の微笑みが、優しさが、そう、君の全てが好きだった。でも、一番惚れたものは何かと問われれば、僕は自ずと歌声と答えるだろう。合唱部で歌を唱うと同時に、胸を焦がしていた歌声。それが、君の歌声だ。

 そう書き記すと、幸夫の脳裏に、音楽室の全景が浮かび上がった。晴海は、特別背の高い女の子ではなかった。それでもなお、ソプラノの中で自分の目に君がひときわ大きく映ったのは、晴海の歌声が美しく、同時に自分の彼女に対する想いが格別だったからだろう、と幸夫は思い返す。

 君はもう、遠くに行ってしまった。家こそ近いが、卒業してから、いる世界も何もかも変わってしまった。
 けれど、それでもまだ僕の胸の内にある想いは変わらない。
 だから、君に伝えたいんだ。
 君はいつでも笑いかけていてくれた。君はいつでも優しかった。君はいつでも僕を受け入れてくれた。
 ありがとう
 大好きだよ

 手紙の末尾に自らの名を書くと、そっと幸夫はペンを立てた。その瞬間、自分の心に溢れていた想いが全て手紙に乗り移って、身体が軽くなったような気がした。
 目の前にある手紙。それは幸夫が作った、三年の恋への、一枚の終止符。
「また、会えるよね。」
幸夫は小さくつぶやいた。シャープペンシルが、それに答えるように、コトッと微かな音を立てて倒れた。


#4

短編

短編、というサイトがあります。

私は、そうですね、もう何年も前になりますが、4年か5年ぐらいかな、このサイトに投稿していた事があります。
ほんの、4作品で、どれも予選落ちでしたけど。

このサイトは、千字以内の短編小説専門の投稿サイトです。
私、投稿しなくなって随分経ちますけども、今でも、ふとした時に、例えば通勤中や帰宅中に、小説を思い付く事があるのです。

そう、例えば、井の中のカワグツであるとか、社会風刺的な発展が可能に思われる題を、良く思い付きます。
そして、その場で、携帯電話のメール機能を立ち上げ、宛先を家のパソコンにして、思い付いた内容を打ち込み、送信しておくのです。

大抵の場合、帰宅して、いろいろと済ませまして、さあ寝ましょうか、という時に、思い出します。
そうだ、短編に投稿する小説を思い付いたのだった、と、そこで思い出すのです。

書いてみます。思い付くままに書いていきます。
字数とか、細かい事は考えずに、兎にも角にも、書いていくのです。
勿論、書くと言っても、パソコンのワープロ機能なわけですから、打ち込んでいく、が正しい表現なのですが。

いつも、何故でしょう、書き終わらない。
メールを打ったその時に、思い付く限りの概要を送信しているというのに。

そんな事を繰り返して、早、幾年月。
ネタが切れる事もなし、しかし、書き終わる事もなし。

小一時間など、すぐに過ぎてしまいます。
打つ手がない、とは正にこの事。打つ手が止まって、数十分。
打っていたのは、最初の五分。

私は決して、起承転結に拘っているわけではありません。決して、拘る事が悪い事ではありませんが、千字しかないですし、字数の制限以外は、何の条件もないのですから、自由に書くべきなのです。

そして、ある時、ふと思い付きました。
短編に投稿したいのに、書けない。これは小説になるのではないだろうか、と。
いや、それはもう、予感などという生温いものではありませんでした。稲妻のごとき確信でした。
家に帰った私は、いろいろと済ますのは後にして、パソコンに向かいました。

書き始めると、いつもと同じ、最初の五分は、書ける書ける。あっと言う間に、五百字を越え、八百字を越え、もう千字になろうか。

その時思った、書いているのは、まさに今の事。ならば、結末が無い。あるはずがない。
結末は、未決定なのであると。

そう、起承転結の、結は書きようがないのです。

だって、今は未だ、転なのだから。


#5

考えながら生きている

 バスが行ってしまったので、私達は歩く事にした。
 荷物もそんなに多くなかったし歩いていけない距離でもなかった。
 手提げの黒い鞄は何かの雑誌についていたオマケだったはずだ。
 少し肌寒くて、喉が渇いていたのもあって二人とも珍しく黙って歩いた。
 楽しい雰囲気でもないが、かといって何かが悲しい訳でもなかった。
 ただ歩いていると考える事が山ほどあった。
 近所のスーパーが潰れてしまった事、両親が離婚した事、子供が大学生になった事、冷蔵庫の砂肝の事。
 ありとあらゆる、どうでも良いようでどうでも良くない出来事。
 けれど今は、この両足を前に前に動かして、立ち止まりさえしなければいいのだ。
 そうすれば、いつかは目的地について、買い物ができて、明日がくるだろう。
「ねぇ、何考えてるの? 」
「ん?今夜の夕食の事かな……」
「そうかぁ、私もだよ」
 彼女は彼女で何か問題を抱えているのかもしれなかったが、私達はそのまま、さらにどうでもいい話に興じていくのだった。


#6

タキチへの憧れ

「ありがとう。タキチのやつを見つけてくれて」
 柴犬タキチのリードを受け取り、しゃがんで撫でながら佑司はいった。
「ううん、ずいぶん毛並みがよくて、かわいいこだから、心配していらっしゃると思いまして」
 佑司を一瞥し、プララは少し後ずさった。彼の目が赤かく、少し腫れているように見える。
「窓の隙間を機用に前足使ってあけたかと思うと、こっちの掛け声が聞こえないかのように上機嫌に走り去ってしまって。お電話ありがとうございます」
 佑司は、前もって、タキチの首輪の内側に自宅の電話番号を記していた。
「妹とそのお友達がタキチちゃんを気に入っちゃって、しばらく散歩させてたんですけど、そのとき妹が気づきまして。」
 手早く別れの言葉を口にし、タキチを車に乗せて、連絡いただいたプララ宅から公園にでも向かおうとしたとき、プララがいった。
「あの、タキチちゃんなんですけど、よかったらもう少し妹たちと遊んではくれませんか」
 タキチとタキチに向ける佑司の顔を眺めているうちに、こう切り出した。
 佑司は、軽く顔をプララのほうにずらし、タキチのほう見た。
「こいつ、走り足りないようですし、プララさんがよろしければ僕はかまいませんが」
 佑司は緊張していることを必死に隠す。
 通過する電車の奥に夕日が迫ってきた。
 プララと佑司は、タキチと妹たち4人を車に乗せ、散歩道に沿って走り、人気のない公園でおろした。
 何を気にすることもなく、タキチと子どもたちは走りあっている。その姿に憧れを抱きつつ、佑司はプララをベンチの横に座らせた。
「タキチは、雑誌で飼い主を応募している犬だったんですよ。青のバンダナを首に巻いてる写真が載ってました」
「そう。何歳のとき」
「まだ一歳のときで、応募して、相手方とお会いしたとき、タキチのやつ、急にこっちをにらんだかと思うと、僕のそばによって、お座りしたんですよ。それが決め手となって、タキチを飼うことになったんです。」
「強烈な匂いでもしたんじゃないですか」
 笑いながら、佑司は雑誌を取り出す。
「これが、その雑誌なんですけど、ほらこの写真」
 プララの目が雑誌に向いたのを見て、佑司はプララを抱き寄せてキスをした。
「あの子たちには悪いけど、そのつもりなんだよね。詮索はしないけど」
 疲れて戻ってきたプララ妹たちを1人ずつ車に迎えながら、彼女らの喉を切り裂いた。
 プララと佑司は車を密封し、自殺を予定通り実行した。


#7

「君を待つ」

床、壁、天井、服、全てが真っ白だ。
何も無いこの空間で自分を保つのは酷く難しい。人間は記憶がないと形状を保存出来ないのだ。
その証拠に指先が白く染まっている。想像の記憶を作らないと全て白くなってしまう。
例えば、花畑に行くなんてどうだろう。地面を敷き詰める色とりどりの花々が咲き乱れる中を走り回るんだ。視界の中を満たしては掻き回す花々は万華鏡のように違いない。それに飽きたら好きな花を根元から手折って冠を作ろう。緑色の輪から咲く花にはどんな金細工も勝てやしない。世界に二つしかない冠は色とりどりの生で満たされているから。
何時の間にか指先には小さな花びらが散っている。花でも摘んだ後のようだ。床が色彩豊かに染まっている。
例えば、海に行くなんてどうだろう。空と区別がつかない位の蒼い海。サンダルを木陰に脱ぎ捨てて、太陽に熱く焼かれた黄土色の砂を火傷しそうになりながら走るんだ。海まで着いたら冷たい海水に足を浸して熱を冷ましてから遊ぶ。海水を掛けあって、口に入ったら塩の味を楽しんで。時間を忘れるほどに遊んだら夕日を見る。割るのを忘れていたスイカを切って食べながら。
何時の間にか指先に皺が寄っていた。海水に漬けた後みたいだ。座っている場所から床が青く染まっている。
例えば、紅葉を見に行くなんてのもいいかもしれない。山道に沿って生えている紅葉の樹に囲まれて山を登るんだ。山頂まで行ったら、夕焼けみたいに紅く染まった紅葉が降り注ぐ中で持ってきた手作りお弁当を広げて食べる。注いだお茶に入った紅葉をそのままに優しく揺らして笑うんだろう。
何時の間にか手に紅葉を握っている。小さなもみじは赤子の手のようだ。座っている場所から床が夕焼け色に染まっている。
例えば、雪が揺る寒い中、駅で待つのはどうだろう。恋人同士でくっつき合いながら歩く人達を眺めながら待つ。毛糸の帽子を被って、手袋を嵌めて、マフラーを巻いて。肩には僅かに雪が積もって長く待っていたことを教えてくれる。でも、驚いた顔が見たいから。走って駆けてくる姿が見たいから。遅れたことを謝る姿も。
だから、待つんだ。真っ白い中で。
何時の間にか床は真っ白に戻っている。指先だけが僅かに冷たい。軽く握って温める。顔を横に向けると白い壁に埋もれるように扉があった。彼が来るまで、ここから出るわけにはいかない。
温まった指先は肌色をしていた。


#8

東京物語

 二月の寒い土曜日の午後、僕は二年ぶりに渋谷駅へ降り立った。そして明治通りを歩き、宮下公園を通り過ぎて坂道を登り始めた。
 上り切った坂道を見下ろすと、眼下に団地が見える。そこは当時、彼女が母親とふたりで住んでいた処であった。
 昭和五十年代に建てられた古い公営住宅だったが、渋谷駅から徒歩十分とかからず、利便が良かったせいか、転居する人はほとんどいなかった。
 二年前に僕は大阪に転勤となり、その時から彼女と遠距離恋愛が始まった。僕は月に一度、金曜日の夜に夜行バスで東京に向かうことになった。そして東京の街で、彼女と日曜日の夜まで過ごしていたのだ。そんな生活が一年半ほど続いたが、昨年の十二月、僕たちの関係は終わった。
 彼女に新たな彼氏が出来たかもしれない。彼女の心境の変化を問い詰めることも、男の存在を探し出すことも、僕には出来なかった。それはただ、そんなふうに思い込んでいるだけで、僕の思い過ごしかもしれなかったからだ。けれども、昨年の秋ごろからメールの返信が途絶えがちになっていったことが、僕を不安にさせていたことも事実だった。
 昨年のクリスマスの三週間前、「もう、逢わないほうがいい」と書かれた十二の文字を残して、彼女からのメールは途絶えた。文字を読んだ僕は、彼女と過ごした三年間の思い出がたった十二の文字でかき消されたような気がして、とても悲しかった。すぐにでも東京で彼女に逢い、真意を確かめたかったが、なぜか僕は行動に移さなかった。メールの文字を読んだ後、心の中は動揺を繰り返し、彼女に何を言えば良いのかわからなかったからだ。十二の文字をみるまでは、彼女との別れがあるなんて想いもしなかった。
 彼女は、今はその団地には住んではいない。母親が昨年の夏に亡くなり、葬儀が済んだ二ヶ月後、近所の住人にも行き先を知らせず引っ越したという。団地を訪れた僕に隣の住人がそう言ったのだ。そのとき、母親が亡くなったことを知り、僕に伝えてくれなかった彼女のことを思った。
 坂道から団地の中庭を見下ろしていた僕は、渋谷駅に戻るために坂道を下った。宮下公園のあたりでふと立ち止まって見上げると、ビルの大きな窓ガラスに夕陽が映し出されているのが目に留まった。窓ガラスに陽光が反射して、眩しいほどに美しい夕陽が僕の視線を捕らえたのだ。そういえば、渋谷の街で何度も彼女と観た夕陽の輝きだったことを思い出した。


#9

君が喜ぶこと 悲しむこと

 隣国からやってきた君と知り合ってもう二年が経とうとしている。でも君の考えていることはだいぶ前から分かるようになっていた。
 例えばこの前の飲み会で君はとても酔っていた。皆は君を僕に押しつけ先に家に帰っていった。夜の街を陽気に歩く女の子。外国で一人にできないと、君をアパートへ送るために僕は君を連れて駅へと歩く。
 君は歌い、踊り、裸足になって跳ねまわる。僕は君の靴を手に、間に合った終電に君を押し込んで車内に靴を放り込む。僕は君と逆方向だったけど、やっぱり心配で踵を返し君と同じ電車に乗り込んで、帰りは高い料金を払ってタクシーで家に帰った。
 翌日君は学校で 「きのうは迷惑をかけました」と頭を下げた。僕は君に「元気になりましたか」と訊いた。君は「はい、元気になりました」と答えた。
 他の皆もやってきて僕は冗談半分に「きのうは迷惑でした」と皆に言った。皆は笑って君も笑顔になって「でも楽しかったでしょ」と僕に訊いた。僕はもう一度「迷惑」と答えた。
 僕は二回目の「迷惑」も日本人の皆は冗談と分かることを知っていた。だけど君には分からない。そして君が「そうだね」と言ってもらいたかったことも僕は知っていた。
 明るい雰囲気の中で君は一人寂しい顔をした。さっき君は僕に謝った。それを僕は「そうだね」と言って消したくなかった。ちゃんと君に反省してもらいたかった。
 僕たちの先生は講義がどんなに忙しくても毎年論文を書いてきた人だった。しかし今年は論文を書けなかった。君の指導に追われたからだ。
 君は先生が毎年論文を書き上げてきたことを知らない。今年は書けなかったということも知らない。優しい先生だからそんなことは口にしない。僕と先生は君より長い付き合いで先生は僕の恩人だ。だからこれも君を許せないことの一つになっている。
 君の考えることは分かっているから、卒業式のきょう、日本の袴姿で僕と写真を撮りたいと思っていることも分かっていた。
 でも君は僕に嫌われていることを知っている。僕も君は僕に嫌われていることを知っていることを知っている。それでも君が最後に写真を撮りたいと言い出すことも分かっている。拒まれたらどれだけ悲しむのかも知っている。
 思えばずっと君を許せなかった二年間だった。僕は君のことが嫌いだから最後まで断るつもりでいたけれど、二年間共に過ごした記憶が僕たちを満面の笑みにさせて一枚の写真に収めてくれた。


#10

青鬼はユーモラスに舞って

青鬼が暴れている。村を破壊している。
何しろ力の強い青鬼のことだ、瞬く間に村は破壊されていく。
村人は困った。青鬼を止めたいが、あの凶暴さと言ったら、怒り狂ったドラえもんのように手が付けられない。近づけばこちらがやられてしまう。仕方なく村を破壊する青鬼を遠くから見ていた。
そこにやってきた赤鬼は、青鬼の首根っこを掴むと池の方に放り投げた。えいや、と赤鬼は本気で怒っていた。青鬼が演技で村を破壊していることは事前の打ち合わせで知っているが、それでもそんなに壊したらあとで大変だろうが。赤鬼は池から上がってきた青鬼に殴りかかった。青鬼も負けじと殴りかかる。村人はその壮絶な打ち合いを遠くから見ていた。とりあえず喧嘩してるみたいだからそっとしておこうか、いつ2匹の牙がこちらに向くとも限らん。
壮絶な打ち合いの末、ぼろぼろになった青鬼は逃げだした。村人は固唾をのんで見守る。赤鬼はその後ろ姿にありったけの罵声を浴びせた。その迫力に村人は震え上がる。
やがて青鬼がみえなくなり、赤鬼は村人たちの方へ歩いてくる。かすかに微笑んでおり、とても不気味であった。ただ村人たちと仲良くなりたいから笑いかけているけなのに。
さいしょこそ、両者の間に戸惑いが見られたが、時間の問題であった。
赤鬼は村人にとけ込んだ。嫁ももらい、子をもうけた。村人として権利も裁判で勝ち取った。幸せであった。気になるのは、こてんぱんにやっつけて罵声を浴びせた青鬼のこと。もうずいぶん会っていなかった。村人にほんとうは演技であったことを言っていない。おそらく言ったとしても村人は受け入れてくれるだろう。もし受け入れなくても最高裁まで争うのみ。
赤鬼は青鬼に会いに山に登った。そして青鬼のすみかについて中に入ろうとすると戸に張り紙があった。

『赤鬼君へ、元気かい?僕は元気さ、あの件うまくいったかい?君が村人に受け入れられるとぼくも嬉しいよ。さて、僕は、村人たちに僕と君が仲良くカバディをするところなんか見られたら誤解されるかもしれないから、旅にでます。きっと一生あわないことでしょう。どうか幸せに暮らしてください。僕のことは早く忘れてください。君のともだち・青鬼』

赤鬼はおんおん泣いた。涙は大きな池を作った。
日も暮れて、泣きつかれて、ふいに青鬼の家の戸を開けてみるとそこに青鬼がいて、なんかユーモラスに舞ってて。


#11

最近の政治状況について

「小泉構造改革はねえ。そんなにはまちがってなかったわあ。大事なことはね、コーヒーの仕入れよ。タリーズの仕入値はとても安いわ。他と比べてね」
 佐知子は私の従妹で、実家がすぐそばで子供のころはよく遊んだものだった。高校生のころはチェーホフの話をした。私がハンサムなチェーホフの美しい短編について語るたびに、彼女は熱心に聞いてくれたものだった。
 トルストイはチェーホフ本人の前でかわいい女を朗読し、絶賛した。長編全盛の時代にあって、チェーホフは短編小説に革命を起こした。彼の短編には長編小説に見られるようなプロットがなく、登場人物の心理変化を動機付ける心理的社会的因果関係の導入がなかった。舞台上で登場人物は改心も成長もせず、芸術の真理と感興は直接読者自身へと向けられていた。
「TPPは即刻参加すべきよ。今のアキカン売国内閣じゃムリでしょうけどね。例の尖閣問題でも明らかなようにね」
 佐知子は東京の年若い起業家と交際していると言った。
 熱海から東京行きの列車の中で、しばしば派手な格好をした若い女性を見かける。田舎では仕事がないので東京の風俗店に出稼ぎしてるのだ。佐知子が東京のキャバクラで働いてそこでその男と知り合ったらしいことはすぐに察しがついた。
「アントレプレナーよ。今の政府には彼ら金の卵を育てる度量がまるでない」
 何週間かが過ぎて佐知子から電話がかかってきた。私は熱海に車を走らせ、佐知子を拾って熱海湾を見渡す展望台に立った。赤い月の夜、佐知子は泣きながら言った。
「彼、本命がいたのよ。信じてたのに。別れる」
 佐知子は彼から金をもらっていたのだろう。それをやめることにしたのだろう。親もうすうす知っていて黙っているのだろう。
 産経新聞の古森記者が海外のインタビューに答えて、慰安婦は売春婦であり金をもらっていたと力説していたが、私はなぜ彼がそんな些細なことに執着するのかわからない。問題は帝国と植民地の、そして東京と静岡の経済格差だ。私がこの小文で若い人たちに伝えたいのはそのことだ。
 まもなく、私は佐知子に、それでよかったのだ、と言うだろう。でも、今しばらくは、佐知子が、これは本当の恋愛だった、自分はそういうつもりだった、と言うのを聞く時間だ。
 私は赤い月を見上げながら祈った。どうぞ日本経済がさらに発展しますように。いつまでも皇室が安寧でありますように。そしてクソ自民は永遠に地獄に落ちろ。


#12

(この作品は削除されました)


#13

さぁ、はじまるぞ!

桜の花が散っている。春の風が遠慮なく吹き抜ける。高校の卒業式。

泣いていた女の娘ももう笑っている。

これからどこへ行くか? そぞろあるきで、なんとなく歩き出す。

先生をかこんで謝恩会の予定がある。


栄太は胸を張って歩き出した。タツヤがくる。


「おぉ〜 プロテストがんばれよ! おまえ、いつでも半端なんだよ。遼はマスターズ優勝だぜ!! 高

校さえパスして、マスターズだぜ!」

まだ、優勝していない。そういいながら、ものすごくみっともないと、感じてしまう栄太。

「おれが、ゴルフの火をつけちまったようなもんだから、がっぱがっぱ稼いでくれよ。そうでないとオレ

も責任感じるからよぉ〜」

タツヤに激励されるのも、いやな感じ。

大学は受かってるんだ。行く気になればいまからでも入学できる。ただ、行かないことに決めたんだ。
栄太は気負いこんでいった。

「ああ、そうだよなぁ、おれに相談もなく。かってにプロになるときたよ。びっくりだぁ」

「ゴルフがおもしろいんだよ」

そういうしかなかった。

なぜ、こんな冒険をできるのか? 栄太も不安がある。

それでも、楽しいのだ。だから、ゴルフを続けたい。大学にいってゴルフを続ける道もあるのはわかって

いる。でも、まず何より先に、プロテストを受けて合格したい。だめなら、大学にいくこともできる。

うしろから襟首を引っ張られた。えっ……。

サユリが引っ張ってもう歩き出している。後ろ向きに引きずられる栄太。

「目立たないように集まれって云ったでしょ」

よっぽど目立っている。

もうどうでもいい。こんな楽しいときはもう終わってしまうんだ。

ちょっと、プロを目指す気持ちがゆらぎ、感傷的になった。

先生同士の仲でも、慕われる先生ばかりではないので、卒業式の後すぐに謝恩会というのは、みんなが集まる公式の行事になっている。

そのまえに、記念写真だ。サユリに引っ張られて写真に納まり。これで、終わりだとけじめがついた。


#14

東京裁判

 私が田圃と田圃の間の道を歩いて居ると昨日までは無かったはたのぼりが、隙間無く立って居て少し驚いた。黄緑色の旗には「武藤章さん出て行け」と書いてあった。
 「もしもし、武藤さんこんな旗が立っていたんですが」
 私は早速武藤さんに電話して知らせてあげた。
 「あのさー私は東京裁判で忙しいんだけど。山下大将の減刑嘆願書も書かなくちゃならんし。超多忙な訳よ」
 「それは重々承知して居りますが、ほんの少しでもいいですからお耳に入れて頂きたく思いまして、電話した次第です」
 「そう、そうなの、分かったわ、あなたの至誠至情のまことは頂いておくわ。でも実際の活動は出来ないわよ」
 武藤さんは少々かまっけのある男性だった。所属する劇団「いかたこ」は女性オンリーの劇団だったが特別に武藤さんは参加を許可されていた。そこで武藤さんは男役を任されていたので、元々男の武藤さんは劇団では女性になり切った上で、舞台の上では男のふりをせねばならなかった。
 翌日私がまたくだんの田圃と田圃の間の道を通ると相変わらず黄緑色の旗は隙間無く立っていたが、旗の文句が変わって居た。
 「メールが届いて居ないか、届いた所でスルーされたか、とにかく寒風抹殺は止めなさい」
 と書かれてあった。
 何が寒風抹殺だ。確かに武藤さんは季節を問わず寒風摩擦を励行しているが(夏では寒風摩擦とは言わないか)とにかく寒風抹殺とは誹謗中傷のたぐいではなかろうか。是非に彼に知らせねばならんなあ。
 そこで再び電話すると、
 「分かった、分かったから、超多忙の身の上をおもんぱかってくれ。一々知らせなくてもいいから。御厚情だけ受け取っておくよ」
 ふーむ、またお邪魔して仕舞ったかな、私は軽い失望感にさいなまれた。
 そう言えば彼の言って居た、東京裁判や山下大将の減刑嘆願書ってなんなんだよ、「武藤章」と言う名前に引きずられて、つい聞き逃したような形になって居たが、確かに彼は何時もその2つをいい訳にして居たなあ、何時の時代だよと私は初めて疑問に思った。
 「あのーあなたの言って居るトーキョー・・・」
 がちゃん、速攻で電話を切られて仕舞った。何時もはやんわりと断る彼が。私は何だかもやもやもわもわして来て、もやもやしたついでに下山総裁について調べる事にした。


#15

『風神病者、逝く』

 ぼくが生まれた村では、風神病という病が流行している。北風に乗っかって何処からともなく現れる悪魔が、体内に入り込みすっかり棲みつくと罹るらしい。この村唯一の医者である孟六爺さんの元に来る患者は皆、狭苦しい個室に閉じ込められ、何人も近寄ってはならぬ、誘いに乗って近付いたら最後、悪魔が乗り移ってしまうと爺さんが言うので誰も近付かない。
 夜ともなると病棟から患者の呻き声が漏れてきて、風神病に対する村民の恐怖は一層強まる。村には治せる薬もないので、若い男二人が数日前に山を下り、下界にある別の村まで薬を探しに行ったところだ。村を出たのが二週間前だから、早ければそろそろ戻ってくる頃だろう。悪魔信仰を信じてやまない孟六爺さんは薬では治せないと豪語するけど、村民は頑なに薬の力を信じている。この世の病に薬で治せない病はない。しかし、村には薬を作る技術がなく、買うとしても麓まで行く方法しかない。更に単価も高いとくれば、一般村民は手が出ないのだった。
 とある夜。ひとりの患者の容態が悪くなり、松明を掲げて病棟を囲んだ村民の前で、孟六爺さんはその死を報告した。泣き崩れる父母。憤りを露にする男勢。そんな訳で、ぼくは死んだ。短い人生だったけど、それはそれで楽しかった。やり残したこともあるし、大人になってみたかったとも思うけど、孟六爺さんの言うとおり、本当に悪魔のせいであるなら仕方がないと思った。地獄の業火で焼かれるほどの熱、胸から込み上げる咳、何を食べても受け付けない吐き気。後にそれがヴィールスという菌によるものだと知るけど、もっとも苦痛に悪魔信仰も病原菌も関係ない。
 薬を探しに行った二人が戻ったのはぼくが死んでから三日後のことだった。彼らは幾許かの錠剤の薬と檸檬の苗木を持ち帰ってきた。薬を飲ませた患者はたちまち快復し、風神病は根絶した。悪魔は檸檬を嫌うらしいのだ。
 村民は苗木を敷地に植え、年中暇なくすっぱい顔をさせて貪り食っている。そのせいだろう、腹痛で孟六爺さんの元に駆け込んでくる村民の数は風神病患者より増え、ごろごろと腹が鳴るその病を爺さんは雷神病と名付けた。その頃ぼくは異国で風邪という名の病を知り、食べすぎはよくない、悪魔のせいなんかじゃない、故郷の皆にそう伝えてあげるべきだったが、術がないしそのつもりもなかった。
 たとえぼくの死が無駄なものであっても、それがこの村のあり方だと思うから。


#16

もう銅にも止まらない

 私は、困っている。
 というのも、なんだろう。食傷気味になっているというか、飽きている、というか。そうだな、辟易している、辟易しているという表現が、適切かもしれない。
 それもこれも「銅」という金属、もとい禁属が私の気分に影を落としているのだ。
 何故かといえば、この世には「銅」が溢れかえっているからである。いくら便利なものだとしても、あまりに度が過ぎれば流石の私でも耐えられない。
 最初に気付いたのは、小学校の時に剣銅を習っていたときである。試合中、面を打ち込もうとしたときにその一瞬の隙を突かれ銅を叩き込まれたことが幾度となくあった。その辺りから、私は銅というものを意識し始めていたのだろう。
 私の両親は日本文化とやらが大好きだったようで、剣銅だけに止まらず、書銅や柔銅、さらには茶銅と、様々な銅を教え込まれた。あらゆる銅が嫌になって、まとめて投げ出すのは最早時間の問題だった。
 外に一歩出ると、歩銅がある。歩銅を歩くのを躊躇ったことは言うまでもない。かといって、車も使えない。車銅もあるからだ。仕方なく、普段の移銅手段は舗装されてないような、歩銅とは決して呼べないような場所を、ひたすら進むことに極力ではあるが、こだわっていた。けもの道はギリギリセーフだった。
 自分の通っていた高校には、不良が多かった。だからいつも、補銅の餌食になっている同じ学校の生徒を見てきた。自分はああはなるまいと心に誓ったからこそ、そういう学校でもここまで真面目にやってこられたのかもしれない。不本意ではあるのだが。
 銅の餌食にならないために、疑問という疑問、あるいは問題という問題にはいち早く解決しようとする性格になったりもした。油断をすればあいつらは「銅すればいいんですか」「銅しようもない」とかいう様々な疑問形の言葉に隠れてしゃしゃり出て来やがるからだ。もちろん他の言葉に混じってしゃしゃり出てくることもないとは言わないが、とにかく疑問形を使った言葉に多く潜んでいた。そういうファクターを排除するのは、当然のことだろう。
 とにかくである。私は銅が嫌いだ。だからこそ銅を極力避けた、銅を使わない生活をしている。
 一度こうなってしまったからにはもう後戻りはできない。もう、銅しようもないのだ。

 ……あっ。また銅を使ってしまったよ、畜生。


#17

天使の矢

 あてもなく放った一本の矢は、短い春休みのように素っ気ない放物線を描きながら、晴れた公園を歩く女の胸に突き刺さった。
「ごめん」
「いいの。でもあなたは夢と現実を区別することから逃げてる。それが不満なの」
 女は映画のスローモーションのようにゆっくりと、時間を引き伸ばしながら地面へと倒れていく。
「君だって迷ってるし、映画のヒロインを気取ってる」
「私待ってるの。私を受け止めてくれる誰かをね」
 僕は弓を放り投げると全速力で駆け地面スレスレに女を受け止めた。
「君はもう死ぬのか?」
 女は胸に矢が突き刺さったまま、僕の腕の中で力なく春の空を眺めた。
「私多分死ぬから」
「ずるいよ」
 僕は女を抱き上げて病院を探し、一番最初に見つけた産婦人科に駆け込んだ。しかし受付には誰もおらず、まるで野戦病院のように患者が溢れかえっている光景が目に入った。包帯をぐるぐる巻きにした人や点滴を腕に刺した人、そして時折心臓を引き裂くような叫び声。
「あのすみません」と僕は近くにいた看護婦に声を掛けた。「急患なんです、胸に矢が刺さってるんです」
 看護婦は軽く溜め息をつくと薄っぺらいゴザのようなものを床に敷いて女をその上に寝かせるよう僕に言った。
「すぐに先生を呼んでくるから。悪いけど、ベッドも人手も足りないのよ」
 それから五分程すると血まみれの、地獄から這い上がってきたような医師が現れた。医師は矢の刺さった女を一瞥するとハサミを取り出し、まるで変質者のように女の衣服を切り裂いていった。
「幸い、急所は外れているようだね」
 医師は女の矢を静かに抜き取ると僕に手渡した。
「矢は乳房に刺さっていただけだ。感染症の恐れがなければすぐに退院できるよ」
 隣にいた小悪魔みたいな看護婦が、地獄から来た医師の額をタオルで拭った。
「いったい何が起こっているのですか?」と僕は病院の状況を医師に尋ねた。「革命かテロでも起こっているのですか?」
 すると医師は宇宙人でも眺めるみたいに僕を見た。
「そんな冗談はやめたまえ」と血まみれの医師は言うと立ち上がった。「彼女は妊娠しているようだね、母体に過度なストレスを与えぬよう気を付けなきゃね、お父さん」
 医師は再び地獄へと戻って行った。
 僕は一瞬手に持った矢を突き刺して女を殺そうかと思ったけれど、生まれてくる子供がこの世界に絶望する顔を見るのも悪くないなと思い、小さい頃天使から貰ったその矢を二つに折った。


編集: 短編