# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 目的のために | 普通電話代金 | 870 |
2 | BRIGHT | 並盛りライス | 999 |
3 | 不適合者 | urem | 992 |
4 | 大家族SP | 羅奈 | 88 |
5 | 幽婉で華奢な迷子 | ayano | 817 |
6 | 送迎 | アヤカ.com | 357 |
7 | 重豚 | クマの子 | 1000 |
8 | 思い出 | 八代 翔 | 596 |
9 | 例えば呼吸をするように | なゆら | 1000 |
10 | 怨み | ryuutyann | 837 |
11 | 666 | lipputon | 879 |
12 | レディ・メイド、あるいはその不正な起源を自ら隠蔽するテクスト/思想 | 笹帽子 | 741 |
13 | 君が代 | 金武宗基 | 37 |
14 | 魔法を使う女たち | 戦場ガ原蛇足ノ助 | 997 |
15 | 終末 | 六車 春奈 | 523 |
16 | ばあちゃん | ロロ=キタカ | 988 |
17 | 良い夢見せるから寿命を寄越せ | ナイデン | 316 |
18 | 飛び続けるよ、ゴルフボールは | おひるねX | 977 |
19 | 鳴ル女 | 志保龍彦 | 998 |
20 | かっきーん | 高橋 | 1000 |
21 | 月の裏側で会いましょう | euReka | 990 |
22 | 『三日月のはしご』 | 吉川楡井 | 1000 |
そこは、既に破棄されたトンネルだった。
怪談話にあるような、幽霊の出るトンネルではない。
『行きたくない場所へ行ける』トンネルと称された場所だった。
時刻は午後11時56分、もうすぐ日付が変わるという頃だ。
「行くか……」
トンネルの入り口脇に置いてあった岩から青年が腰を上げる。
このトンネルを利用するには午後11時59分にトンネル内にいる必要がある。
そして、成功した場合は身に着けている時計などの時間が止まり、次に出る時に午前0時となって『行きたくない場所』移動する。
青年は漆黒の闇が支配するトンネルに入った。
ある程度進み、携帯で時間を確認する。
57、58、59……
しかし、59分になったが秒は刻々と進んでいく。
「……失敗か」
そう思い、眼を離そうとした瞬間、59秒から動かなくなった。
青年は思わず生唾を飲み込んだ。
「行きたくない、行きたくない」
ある場所を思い浮かべ、そう呟きながら出口に向かっていく。
出口の一歩手前で一度止まり、深呼吸してから一歩進めた。
一瞬、眩暈がして腰を落としてしまった。
そして、顔を上げた瞬間、眼を疑った。
見えるのは一面の花畑、色とりどりの花で埋め尽くされていた。
そして、確信した。
「は……はは、はははははは」
腰を落としたまま青年は高々と笑った。
「来たぞ!来てやったぞ!」
憎くて憎くて仕方がなかった奴の元もとに……
本当は来たくもなかったこの場所に……
「俺が悪人代表だ!最善の人間め!」
青年は誰に言うでもなく高々と叫んだ。
「この天国のどこにいようが、探して、恨んで、憎んでやる!」
救いすら捨てた悪人は、来たくもなかった天国へやって来た。
まだ残りある命を捨てて、死者のための世界へやって来た。
かつての親友、最善の人間を目の前で侮蔑する、ただそれだけのために……
青年は立ち上がり、深呼吸をする。
清々しい空気に嫌気を覚えながら、人を探して花畑を進んでいく。
手に持つのは錆び付いたナイフ、最善の人間の、唯一の負の遺産だ。
「……待ってろよ」
青年はナイフを握りしめ、何処にいるかもわからない人の所に向かった。
ただ一つの目的を果たすために……
僕の豆電球が光らなかった時の事を今でも、まだ覚えている。
理科の実験キットが配られて、最初に組み立てた時の事だ。
説明書通りに作ったのに、それは全く動かなかった。
コイルやモータの他に豆電球がついていて、並列や直列にして電気の流れる仕組みを見るのが目的らしい。
教室はいつもより騒がしくて、みんなが遊んでいるみたいに思えた。
僕は真剣で、慎重で、けれど不器用だったので、なかなかできなかった。
やっと組立てが終わった所で、先生は分解して違う実験をするように指示をだした。
僕はちっとも楽しくなかった。
僕の豆電球は、まだ光らずにいて、少しだけ待って欲しいと思った。
そして、次の実験も僕は失敗した。
仕組みは理解しているつもりなんだけど、電気がちゃんと通っていないんだと思う。
僕は悪くないのに、この電池が悪い気がする。
「なんで光らないの?」
呟いたけど、誰も聞いていなかった。
一番最初にキットが配られた時、誰かが僕の電池を入れ替えたんじゃないだろうか。
根拠のない悪意すら感じていた。
僕は先生の指示を無視して、もう一度豆電球を光らせようと組み立てなおした。
すると隣の席から高岡君の声が聞こえた。
「おい、今はその実験じゃないよ」
「分ってるよ、ちょっと待って」
「駄目だよ、言う通りにしないと怒られるよ」
「でも、まだ電気が通ってないから、プロペラは回らないよ」
「その実験はもういいから」
回らないと分かっていて実験するのは嫌だった。
光れ、光れよ豆電球。
けれど、豆電球は光らない。
そのうちチャイムが鳴って、授業が終わった。
みんなは、さっさとキットを片づけて体育の準備を始めた。
僕がキットを乱暴に分解して、組み立て直すのをみんなが見ていた。
「あいつのだけは光らないんだ。何故なら……」
そんな風に聞こえた。
すごく悲しくて、訳も分らずに泣きたくなった。
その時、傍で見ていた本郷君が言った。
「僕のクリップと代えてみて」
「うん」
言われるままに代えてみると、すぐに豆電球がついた。
「そのクリップ、不良品みたいだね」
「そうかも」
「先生に言ってきたら?」
「ありがとう」
ただ豆電球が光っただけなのに、嬉しくて泣きそうになった。
何かに取り残されて、世界がどんどん前に進んでいくのは、すごく怖い事で、同じような経験をした時に僕はいつも胸を締めつけられる。
そして、あの豆電球の事を思い出している。
床に滴り落ちていく様を、この手首にいつも期待しながら、俺は何もできずに自分に話しかけながら、布団にくるむ。どうしても決断することができないでいる。
「ああ、やはり早めるのは止そう。」
「なんで。この衝動の原因がなんだったか、もう今じゃ分からないけどさ、私は自分の決意は尊重したい。」
4年前のちょうど今頃の9月に、私は15年後に自殺しようと決意した。それは、自殺することによる私自身の苦しみと、自殺せずに今のまま生きることによる私自身の苦しみを比べてみた結果で、どちらのほうが辛いのかは即答できた。このまま生きるほうが私にとっては苦痛。だから、私は自殺を延長することにした。
私は、佑司が嫌いだから。
「今日はきつかった。定期的っていうか、きまってあるんだよな、この感じ。いつもは抑えられるけど、今日は無理だよ。こんなの。メールまで送っちゃったよ。」
帰りの電車で、「無理だ。」と思った俺は、ひそかに想いを寄せていた人に告白のメールを送っていた。
「なんていうか、ほんとに合わないよね。ほんと、不適合者だよ。」
「俺みたいのがいるから、楽しめてるヤツがいるんだよ。」
「こんな70年はきっと誇れるって。」
俺は4年前から自分自身を他人と見ている。いや、ほんとはその前からだろうが、あえて、自分を赤の他人として、話し相手に仕立てている。不適合者とは、うまく自分のことを回せていない人のことをいっている。
「だいたいの未来はみえる。どうせ30歳になってもあなたは殺せない。このままわけの分からない衝動に振り回されながら、70年ぐらいはいきていくだろう。」
「それでいて、俺はこれほど深く考えられる人はいないと思っている。常に自分が中心でしかいない。」
「それでも、最も殺したいのは川瀬佑司、自分自身であり、他人でもある。」
「自分自身という感覚よりも、他人の衣を被って、なんでも知りえる位置から客観視しようとしている。自分を殺そうとしている俺は、ただそこにある事実を事実としてしか受け取らず、そこに考えを持とうとはしない。意見をぶつけられれば、可能な範囲で論理付け、何とか反論しようとし、確実に予定の時間がきたら殺せるよう構えている。」
「自殺について考えてるのが自分を捨てた私で、自分であり続けている佑司は、ただ意味不明な衝動に駆られるだけ。」
「だから、ほんとに殺したくなった。」
大家族!13人兄弟の家は、毎日が大変…!
そんな大家族!でも、絆は丘の家より深い!
この大家族家で、たくさんのハプニングが?!
続きが気になっちゃう、大傑作!こうご期待を!
作者:羅奈
そこは双子みたいな景色です。ふたつの目は重なりません。 は、しかし孕んだり孕ませたりして遊びました。性別なんてありません。丸くて四本の腕があり、細くて立てない足が四つあり、包めない髪がいくつか存在しています。坂を転がって果ての無い下り坂を滑って空を飛べるようにまでなりました。ふわふわしながら夢になりました。幼くして死んだ女の子の話が大好きでした。
たくさんの排泄物は人を綺麗にしていきます。どんどん。取り分け雪は重宝されました。空から降っているものだと誰かが言っていたようで皆が信じました。足と天井の間は遠く、顔と目は混ざった上で離れたところにありました。みんな涙を流したあとの瞬きで抜けた睫毛だとは知らないのです。涙はともだちが食べてくれて、おいしいと言ってくれたから、胸がとくとくん鳴りました。
ともだちは進むのが早いから、あっという間に遠く届かなくなりました。追い掛けることが出来ず、ぐるぐる廻ってた。涙を食べてくれるものと離れ離れになって垂れ流しの全てを美しくしてる間はありませんでした。そんなとき自分の体にひとりの人間ができました。森や花、鳥、土が生まれていたのに、また新しいのが完成しました。なんだか涙がたっくさん出ました。ともだちがいなくなった自分と、ひとりの赤子はともだちになれないか、考えました。考えましたが、赤子は震えるばかりでした。
*
こんな絵本をつくった私は、どうして地球と手が繋げないのかわかりません。雪を掴んでいられないかわかりません。音楽が無いとこで泣くことができません。裸で走り回ることは家でしかできません。
ほんとうは地球の眼球のもとへ走ってキスしたいの。きっとともだちにだってする。ううん、恋人にしたいの。すきなの。それで、立てない足のとこに落ちたら抱きしめてあげる。細いから私の腕が二周しちゃうかも、ふふ。涙が出そうになったらバケツを用意して一滴足らずに空に飛ばすの。涙なんか飛んでけー!って。
「危ないので反対側から降りてください。」
彼は優しく、しかし事務的にこちらに声をかける。目は、バックミラー越しにこちらを見ている。
私はその目がすき。バックミラーの中の、眼鏡の奥のあなたの優しい目が好き。
一仕事終えると、またあなたに会う。だからホテルにいる間に少しでも身なりを整える。ただしこの時間私は私ではない。この時間しか会えないのに。
「お疲れ様です」
エロを極めた客に揉みくちゃにされ、それでも沢山お金を払っていただいた。複雑な風俗嬢の心に優しい声が、またバックミラー越しに言う。疲れなんて吹っ飛ぶよ、その目で見られたら。
ほんとに笑っちゃうよね。私あなたが好きなんですよ。こんな仕事、してるけど。
伝えようがない。私なんかが好きだって絶対嬉しくない。
バックミラー越しじゃ、涙までは見えないんだろうな。
特別な樹脂が開発された。「重豚」という樹脂で、傷付くと傷口を被うように膨れ上がり再生する性質を持っていた。その性質が買われて自動車やバイク、船のボディに使われるようになった。
「この道路、通りにくいな」
助手席の男がつぶやいた。車には二人の男が乗っていた。
「そうだな。立ち退かせるなりして道を広げられないだろうか」
運転席の男がせわしくハンドルをきった。道はクランク形に曲がっている。運転席の男が続けて言った。
「この道、バスも通るんだぜ」
「市か民営か知らないがおかしな路線を引いたもんだな」
助手席の男はリクライニングを倒すと靴を脱ぎ、ダッシュボードのエアバックの上に両足を乗せた。重豚が開発されて以来、エアバッグは余程の衝撃でないと跳び出さないようになっている。そんな姿勢ではあるが男はシートベルトを締めていた。
「ほら、あれだ」
助手席の男がサイドミラーを覗くと下膨れのいびつな形をしたバスがウインカーを点滅させて姿を現していた。バスはクランクに差し掛かろうとしている。
男は車を停め、二人は体を向き合わせるように後ろを見た。
「俺、これ見るのけっこう好きなんだ。アメリカ映画みたいでさ」
「クソ丁寧な運転をしていてか」
「見るのとするのは違うんだよ」
「あれ市バスだぞ」
直進してきた市バスは重豚の膨れ上がった右のフロントを花壇にぶつけると、壁に沿うように左に向きを変えた。少し直進すると今度は左のフロントを住宅の壁にぶつけてこちらに向きを直した。
狭い道路に膨れ上がった重豚は邪魔に見える。バスは左側面をこすりつけながら走っている。電柱にぶつかると今度は右に向きを変えた。最後に花壇にぶつかってクランクを抜けると二人の車の後ろに現れた。傷付いた重豚がムクムクと再生し始めていた。
男は車を進めた。助手席の男が呆れたように言った。
「あれなら盲目でも運転できる」
「本当にそう思うかい」
「さあな。でも市長選でそんなことを公約に入れて障害者の雇用を確保するなんて言うやつがいたら、俺は票を入れないけどね」
車は区役所の駐車場に入った。選挙管理委員会のある棟の前で車は停まった。
「さてどんな結果になることやら」
男はエンジンを停めるとトランクを開けて投票箱を取り出した。
助手席の男はそれを手伝おうともせず、車から出ると伸びを一つした。男はバンパーの隆起した部分を見てつぶやいた。
「この重豚、豚の鼻に似ているな」
哲也はふと思い立って、写真アルバムを整理した。
勉強から逃げるために他ならなかった。年末の大掃除も終えてしまったし、ゲームや本も最近買ったものは全てクリア、読破してしまっていたので、彼ができることはそれぐらいだった。いや、もしかすると、過去を想起することで今の色褪せた生活を忘れようと思ったのかも知れない。
とにかく、哲也は写真整理を始めた。日付やジャンルはばらばらに写真を入れていたので、整理はそう早くは終わらなかった。
しばらくして、哲也はいつの間にか、その写真を鑑賞するようになった。幼少時の写真、小学校の自然教室、卒業式―
あの頃もこの頃も、将来に理想の自分を重ね合わせて、興奮していたのを思い出した。そうして、写真に写っている、小さな自分と自らを対比すると、哲也は何だかもの悲しくなって、それ以上その作業を続ける気にはなれなくなった。哲也は整理を断念し、順番など気にせずに写真を戻した。
そして、過去と言う名の幻影に執着しないで済むように…
かつて理想だった自分になれるように…
哲也は勉強を始めた。時間のかかる作業だった。
だが、大掃除も、ゲームも本も、全て終えている彼にとって、できるのはそれくらいだった。
過去にも、未来にも、今の自分を重ね合わせることはできない。時は残酷なほどに流れていく。
理想的な過去や未来を胸の内に抱いているほど、人は、それを思い知らされるのだろう。
「世の中はすべてキリンと象に分けることが出来る」
「すべては無理ですよ」
「いやそれがね、可能なんですよ、僕はキリンでしょ、大槻くんもキリンかな」
「ちょっと待ってください、なにを根拠に?」
「え、分かるやろ、簡単やん」
「全く分かりません」
「中西啓三は象、市川海老蔵も象」
「ええと、百歩譲ってその人たちが象なら、僕がキリンである理由はますますわかりません」
「きききりんは、」
「あ、もういいです分かりました」
「象」
「うーんやっぱり分かりません」
「いや、シンプルに、鼻が長い人は象、首が長い人はキリン」
「まったくピンときませんが、僕はキリン?」
「いや、キリンでしょう、その首の長さは」
「いたって普通ですけど」
「普通?(疑わしそうな目)」
「普通でしょう、いままで首長いって言われたことないし」
「えっ?でも(両手50センチほど広げて首と見比べながら)だいたいこんだけあるよね?」
「ありませんよ」
「いやいやご謙遜を。ほら太さもなかなか(両手で首周りの太さを表現して、探るように太くしていく、やがて両手いっぱいの円を作って)ここ、ここや!」
「そんなたくましくないですよ」
「いやいや、あかんわ、さらに広がっていく!(手を広げて)まだ成長してる!もうひとりでは表現しきれん!大槻君!助けて!」
「首周りはそう簡単に成長したりしませんよ南さん」
「とりあえず大槻君の首まわりの右側担当して!頼んだ大槻君」
「こうですか(ふたりで作る大きな円)」
「大槻君の首は見上げた太さやね、お見事やわ」
「ありがとうございます(会釈する)」
「うわ!動いた!(会釈に合わせて動く)」
「いやどうなっとるんですかこれ?」
「ほな、明日朝4時にサバンナに集合やから、おつかれっす」(ネクタイを緩めて乾杯のジェッシャー)
「ええと、ちょっとまだ打上げ始めないで下さい。突然なんのことですか、サバンナ?」
「首担当なんやから、大槻君が起きる前に集合してサバンナで待機しとかな」
「ええと、よくわからないんですが、僕集合する時点でおきてますよね?」
「仮にはね」
「仮ですか」
「仮に起きて集合するわけ」
「首の右側を担当する為に?」
「そう、そして、大槻くん起きる」
「仮でなく?」
「そう。そしてサバンナを全力で駆ける」
「そんな習慣ありませんけど」
「駆けて疲れたら、川で水浴びする」
「え?キリン?」
「キリン」
「いやだから僕キリンちゃいますよ」
「だって大槻君の首こんなもんやのに?」
[1]
ある日私は2-2の安部綾夏に呼び出された。
「何なの?」
「いいから聞いてください」
と私は彼女に連れられて3-4のある女子の事を調べてほしいと頼まれた。調べた結果彼女は田中夏那といい、よくよく見てみれば彼女たちは似てるような・・・
私の名前は南山龍也今まで私は名探偵と呼ばれていたので彼女は私を頼ったのだろう。
[2]
「助けて」
と安部は私に近寄ってきた。
彼女が言うには父親が殺されたらしいのだった。
私は警察にも顔が回っている(捕まったわけではない)
それから私はこの事件の調査している警部に頼んでいろいろ調べてもらった。
[3]
「もう嫌だ」
と安部は屋上に立ちすくんでいた。それもそうであろう父親だけならまだしも、母親までも殺されたのだから・・
検死結果は(父親)体内に青酸カリがあったという、また母親も同様であった。
このことが私に伝わったとき警部からもっと驚くべきことを聞いた。
「安部さん三年田中夏那を呼んで下さい。」
「え?なんで」
「いいから」
と私、安部、田中、警部とその部下は体育館に集まった。
「犯人は貴方ですよね、田中・・いや安部夏那さん」
「ふん、悪ふざけはよしてくれない。だいたい君は誰?」
「私は南山といいます。そしてこれは悪ふざけはではありません」
そのとき黙っていた綾夏は初めて口を開いて
「せ、先輩が私の両親を殺めたんですか」
「違うよ先輩じゃないし君の母親は本当の親じゃない」
「え!」
「ええそのとおり」
夏那はいった。
「誰だって そうするわよ姉妹離れ離れになっちゃったんだもん」
その後の話で綾夏の父親が今の母親と不倫したため綾香と夏那は、分かれてしまったらしい しかもその後本当の母親はそのショックで死んだらしい。
「田中夏那殺人容疑で逮捕する」
夏那は、パトカーに乗り警察署へ行った。
それを見送りながら綾夏は悲しそうに
「お姉ちゃん・・」
といった。
すると彼女は私にもたれかかり、その中で涙を流した。
6月6日。
出席番号が6番の奴は日付にちなんで教師からさされる事請け合いだ。
門川という苗字がクラス全員と絶妙なマッチングをした結果、俺の出席番号は6番となった。4月7日の出来事であった。
そして間もなく迎える6月6日月曜日。
我がクラスの月曜の一限は学校1笑わないと評判の保坂が担当する国語だ。
怒っているのか怒っていないのか、不機嫌なのかご機嫌なのか。
感情の抑揚を読み取れない平淡な声で行われる授業は、ただでさえ憂鬱な月曜日をより一層憂鬱にする回避不能なマイナスイベントとしてクラス中から疎ましく思われている。
そして俺はまさにそんな授業で指名されるであろう状況にたたされている。
皆が1秒でも早く終わって欲しいと思う授業を俺に対する質疑応答で長引かせるわけにはいかない。
貴重な日曜の時間を明日の授業で出るであろう古典の予習にあてるという献身的なプレーでこの状況の打破を試み、迎えた6月6日月曜日。
俺は広範囲にわたる古典のすべてを訳し、いつ指されても5秒以内に答えられる磐石な安全保障を得ていた。
朝のHRが終わると待ち構えていたかのように保坂が教室へ入ってきた。
いつものように抑揚のない声で「日直」というと日直が号令をかけ、いつものようにして授業が始まった。
俺の読みどおり今日の授業範囲は古典のようだった。
教科書にのっている古典の範囲は昨日のうちに抑えてあるから何の憂いもない。
さぁ早く俺をさすがよい。保坂。
結論から言うと俺が授業中指名されることは1度も無かった。
肩透かしを食らったような気分で休み時間を迎えた俺は、後ろの席で灰となっている門田にドンマイと声をかけた。
保坂はいつものように授業を進め、いつものように黒板に問題文を書いた。
まさに俺が昨日やった訳だ。
「今日は私の一番上の息子が7歳の誕生日だ。じゃぁ7番の門田」
なんてこった。このようにして、問題は出席番号7番。俺の後ろの席に座る門田に託された。
保坂が授業内で冗談めいた発言をしたのは初めてのことだった。
いつも通りの授業から突如生まれたイレギュラーにクラス内は騒然とし、俺は混乱し、門田はくたばった。
博多の沖は、見渡すかぎり、元から押寄せた船でおほはれた。十何萬といふ大軍である。四國・九州の武士は、博多の濱に集つた。元の兵は、一人も上陸させぬといふ意氣ごみで、濱べに石垣をきづいて守つた。
我が軍は、敵の攻寄せるのを待ちきれず、こつちから押寄せた。敵は、高いやぐらのある大船、こつちは、釣舟のやうな小舟であつた。けれども、我が武士は、船の大小などは、少しも氣にしなかつた。草野次郎の如きは、夜、敵の船に押寄せて、首を二十一取つて、敵の船に火をかけて引上げた。敵は、此の勢に恐れて、鐵のくさりで船をつなぎ合はせた。まるで、大きな島が出來たやうなものである。
河野通有は、たつた小舟二さうで向かつた。敵は、はげしく射立てた。味方は、ばたばたとたふれた。通有も左の肩を射られたが、少しも屈せず、刀をふるつて進んだ。いよいよ敵の船に押寄せたが、高くて、上ることが出來ない。通有は、帆柱をたふして、これをはしごにして、敵の船へをどりこんだ。味方は、後から後からと續いた。さんざんに切りまくつて、其の船の大將を、生けどりにして引上げた。
其の後も、攻寄せる者がたえないので、敵は、一先づ沖の方へ退いたが、又押寄せて來るのは明らかである。實に、我が國にとつては、これまでにない大難であつた。
恐れ多くも、龜山上皇は、御身をもつて國難に代らうと、おいのりになつた。武士といふ武士は必死のかくごで防いだ。百姓も、一生けんめいで、ひやうらうを運んだ。全く、上下の者が心を一にして、國難に當つたのである。此のまごころが、神のおぼしめしにかなつたのであらう、一夜、大風が起つて、海はわき返つた。敵の船は、こつぱみぢんにくだけて、敵兵は、海の底にしづんでしまつた。生きてかへつた者は、數へるほどしかなかつたといふ。
不可抗力により新しい朝を迎えた。こめかみに何か刺さっている感じがした。触れてみて気のせいだとわかった。
室内では、エアコンがタイマーの指示の下、既に仕事にかかっていた。いや、室内外で仕事をしていたというべきだろう。いわば共同作業だ。
「最後の共同作業よ、ハハ」
眞美はそう言って、携帯電話で撮った離婚届書を見せてくれた。転職や結婚のときもそうだったように、彼女はいつも結論を出してから、不安や後悔を惜しげも無く分け与えてくれる。
無国籍か多国籍の、日本国籍でないことだけは確実なレストランの客席は薄暗く、わたしはぼうっと光る画面を、目を細めて覗き込んだ。こうした積み重ねで額のシワが深くなるのだという諦念が強まるにつれて、友人への気遣いは薄れていった。
「よく撮れてる。これって何万画素?」
「えっ、そこ?」
実際は彼女の元夫がひどく字が上手いのに驚いたのだが、ねえあの人ってボールペン字講座でもやってたのとかって聞いていい? イエス、ユーキャン! 的なアレよりは、画素バナの方がまだマシなように思えた。
携帯電話を握ったままいつしか押し黙ってしまった友人の肌の調子を観察しながら、名も知れぬ赤い野菜をよく噛んだ。意外と汁気があった。
昨日は食べてばかりだったから、これは宿酔ではないのです。わたしはそう言って部屋を出た。
居間では母が出かける支度をしていた。
何か履けお尻を掻くな腹出すな頭を掻いて匂いを嗅ぐな、と爪先から脳天までわたしを見つめる、製造物責任に対する意識の高まりを反映した風の小言に生返事をしていると、ロボット掃除機が唸り声を上げた。
「あら、もう時間」
母は掃除機が動き出すのを見届けてから出かけるのを日課にしていた。健気で癒されるのだという。なんかすいません。
「こいつうるさいから、わたしが休みの日はやめて欲しいんだけど」
「あんた休みの曜日が決まってないし、だいたい寝てるでしょ。いやなら自分で掃除してよ」
そうですね。わたしは頷いて、洗面所に向かった。
顔を洗い、台所でバタートーストを拵えていると、裸足の指先が耐え難く冷えた。居間に舞い戻って、基本的人権の一端である着席権を行使した。
パンをかじるわたしの周りで、ロボットがやかましくぎこちなく仕事を続けた。
人の心のはたらきも、機械を統べるロジックも、わたしの理解を超えている。不思議と頭が痛かった。
まるで魔法のように。
「世界など壊れてしまえ。人々など終ってしまえ」
これが彼女の口癖だった。
彼女は別に世界から、人々から何かされたわけでもない。
だが、彼女は嫌っていた、この世界を、人々を。
「このままだと世界が終わる」
と聞いた時彼女はとても喜んだ。
「だが、それは約一億年先の事だ」
と聞いた時。
彼女は、とても怒り憎んだ。
「人生は一度しかないのに、なぜ生まれる場所年代を自分で決める事が出来ないのだろうか」
と。
そして長い間考えた末に、答えを出した。
「私が死んで。神に頼もうじゃないか」
なんと、ファンタジックな考えだろうか。この時代、神など信じるものは、誰一人いないのだから。
もし、本当に神がいたらこの計画は成功だ。だが、居なかったら、ただの無駄死。彼女の望む世界の終わりは見れない。
一日という短い間考えた。そして『死』という答えを出し、自ら首を切った。
黄泉の世界に行った時、彼女はとても絶望した。
神など居なかったからだ。
彼女の死は無駄になり、世界の終わりは見る事が出来なくなった。
そして、世界は終わりの日を迎えた。
これを見るがために死んだ女の子。彼女はどういう世界の終末を想像していたのだろうか
世界の終わりはあっけなく、人の目では見えない早さで壊れていった。
たまらないばあちゃんは人気者だ。何でそんな綽名かと言うと、何か感じると必ず、〜がたまらないと表現するからだ。
例えば孫がかわいくてたまらないとか、何か食べてうまいとうまくてたまらないとか、悲しい事があると悲しくてたまらないと言うし、やばいと不安でたまらないと言うし、うまくいかないと悔しくてたまらないと言うのだ。残念でたまらないともよく言うばあちゃんだった。
しかしそんなたまらないばあちゃんも、お金だけはしっかりためていた。と言うかこのお婆ちゃん、さる大企業でいまだに現役で働く名誉人事部長だったのだ。
たまらないばあちゃん、就職の面接官を久しぶりに務める事になった。
「あなたの名前は?」
「葉月裕です」
「え?もう一回。言っとくけどなっちゃんじゃないからね。そこ笑いをこらえない、あなたも面接官でしょ。年取ると耳が遠くてね、はづきゆうさん?」
「いえ、はつきゆうです」
「あらそう、はつきゆうさんですか。あらはっきゅうとも読めるわね、薄給さん?8級さん?8球さん?」
「私帰ります」
「私帰りますって、あんた演歌じゃないんだから、せっかく受けといてそれはないんじゃない?」
「私、今日(2011年2月5日)指令を受けてから1週間目にして男子トイレを掃除しました。ジフとパイプ掃除用の強力な黄色い液を使って白い泡を立てて、今日はしっかり水に流してデッキブラシでごしごしと。そして割れた茶色い酒瓶の破片を茶色い柄の何時もよりは少し長めのホウキで掃いてちりとりへ入れてと」
「あなたところで見た目からも名前からも性別が分かりづらいんだけど、ずばりマンかウーマンか言うてみい」
「ずばりマンアンドウーマンです」
「おもしろけりゃいいってもんじゃない」
「でも上記の功績は」
「馬鹿もんが、そちがでかい音を執拗にたてたので、私が指令を受けたのです。その為に仕事が遅れました。その程度の事やって当然。やったうちに入りませんよ」
「そうですか」
「そうですよ」
「しょうがありません。やはり帰るしか・・・」
「まあ待て。弊社に入りたいのは何故じゃ。応募の動機は?」
「私は見て仕舞ったんです。貴殿が、カゴを2列に並べて寝て居る所と、カートを2列に並べて寝て居る所を。」
「私の事を貴殿と言った?言った?首じゃ首、いや落選じゃ」
「そうですか」
そう言うと葉月裕は面接室を出て行った
これから夢を見るというその瞬間、変な悪魔っぽい奴が現れてこんな話を持ち掛けて来た。今から見る夢を操って良い夢見せてやるから寿命を寄越せ…とまあこんな感じだ。
富士山と鷹と茄子の夢なら1年分。死んだ人に会える夢なら2年分。芸能人と会ってデートする夢ならば3年分。大勢の美女に囲まれてウハウハな夢なら5年分。
とのことだ。
せっかくなので大勢の美女に囲まれてウハウハな夢を頼むことにした。悪魔は満面の笑みを浮かべてお礼を言った。そして何やら呪文か何かを唱えて準備を始めた。
どんな夢を見せてくれるのか楽しみにして待っていた時、突然悪魔が呪文を唱えるのを止めガッカリした顔でこっちを見た。
「お客さん。寿命足りないよ」
そう言って悪魔は去って言った。
滝音プロの声は静かだがかなりきびしい。
「ゴルフをやめたいのかい?」
振り返った栄太の顔に驚きがはしった。
ゴルフを続けたい。ゴルフをやりたいから! 勝ちたいのに……
「いま、ゴルフをやめようとしている。プレーの邪魔をすることは退場する人間のやることだよ」
屋福さんにも、小雪さんにも聞かれているはずだ。栄太のプライドがしおれる。
「す、すみません」
あわてて一歩引き返した。いつか、幼馴染のサユリには意地を張って振り返らなかったが、今はそんな状況ではない。あらためて、初めてのゴルフ場の風景が鮮やかだ。
「そうだ、わかったかい? ……自分じゃない。ゴルフが王様さ、ゴルフはすべて与えてくれる。王様だからだよ」
栄太は大きくうなずいた。
そして、
屋福さんのショットラインから、もう一歩はなれるように、滝音プロのそばに立った。
ゴルフがオオサマ? うまいこというや……と、屋福さん、つぶやく。
小雪さんが、涼しげに微笑む。
<屋福さんは、ゴルフをさせるオオサマね、と、考えたのだ。>
小雪さんのゴルフは、あとをついてくる散歩の犬みたいなのだ、ふだんの暮らしの中で、……お出かけする。そんな、おまけ、……それが楽しい。だけ、
散歩を続けるとか、かわいい犬が後を付いてくる。そんなことに、真剣になる人はいない。
なんの気負いもなく、軽やかに、小雪さんのナイスショット。
それを見る栄太、何か気付いたのか?
……ひとつ忘れたのだ。人間の頭を殴ることを…… 封印したといってもいい。ゴルフボールの空に消えていくような軌跡は、その快感の身代わりになっているのだ。タツヤの裏切りを許したわけではなく。代わりにナイスショットを続けることにしたのだ。
栄太の強張りがとけて、しなやかに筋肉がその力を再び発揮する。
前半最後のミドルホールである。綺麗にツーオンして、長いパットを1メートルまでよせた。そこで、ふたたび、緊張した。
1メートルのパットである。練習場でもはずすことがある。しかし、練習ならまず入る長さだ。
緊張して待つのは辛かった。
そして、空を仰いで、泣いた。涙を飲み込んで、パットを決めた。
さぁ〜っと、空気が揺れた。ただ、幸運だと思った。
「なんだぁ、ブルってるなぁ、どっちにしても君にプレゼントはあげるつもりだったんだよ」
ふっと、調子いいなと、栄太は感じた。
……あれ、この人もタツヤと同じかな、と考えた。
私の工房に花房真由美という女が訪ねてきたのは、今から半年ほど前の話になる。真由美は、痩せ気味の女で、肌が病的に白く、眼の下には隈があり、どこか思い詰めた顔をしていた。
職業柄、ほとんど決まった人間以外と会うことはないので、彼女の訪問にはかなり驚いた。そもそも、どうやってこの場所を知ったのだろうか。問い質してみると、彼女がとある富豪の愛人であり、且つ有名なオペラ歌手だということが判明した。音楽に疎い私でも名前を聞いたことがあるくらいの、名の知れた歌手である。ここのことは富豪から聞いたらしい。恐らくは、作品の所有者なのだろう。
真由美は頭を深く下げると、「先生にお願いがあるのです」と言った。血走った両目で私を見つめながら、「私はもうすぐ死にます」「脳に悪性の腫瘍があるのです」「何もかも諦めましたが、一つだけ諦めら切れないものがあります」「何か解りますか?」と一気にまくし立て、こちらの反応を窺うように少し間を置いた。答えようがないので沈黙していると、彼女は噛み締めた唇から白い歯をゆっくり離し、喘ぐように「歌うことです」と言った。
花房真由美の存在意義は「歌」うことであり、「歌う」ことが出来なくなった時点で彼女は彼女として成り立たない。逆説的に言えば「歌う」ことさえ出来るなら、彼女は彼女であり続けるということだ。例えどんなに姿形が変わったとしても。
真由美は床に置いていたアタッシュケースを私に差し出した。中には福沢諭吉が奴隷船の奴隷の如く隙間無く敷き詰められていた。代金ということだろう。特に断る理由もないので、二つ返事でこの仕事を引き受けることにした。むしろ喜んですらいた。彼女のプロフェッショナルとしての矜恃に深く感銘を受けたからだ。彼女の誇り高さは何物にも代え難いものだ。こちらも一切手を抜くことなく、持ちうる全技巧を駆使して最高の物を作り上げると約束した。彼女は何度も礼を言い、リクエストに応えて歌まで歌ってくれた。そして、その天上の響きが記憶から零れぬうちにと、私はすぐに仕事を開始した。
そして今、眼前のテレビには一人の男がバイオリンを弾く様子が映し出されている。それは天上の調べだった。小指の骨で出来た力木が低音を安定させ、背骨の魂柱は深い音色を響かせ、肉を溶かして作ったニスは赤黒く輝き、咽の筋を使った弦は誇らしげに震えている。
花房真由美が確かにそこで歌っていた。
弟が身の丈ほどもあるバットを構えて彼を見た。ゴムボールは高い放物線を描き、弟はそれを空振りした。続いて弟がボールを持った。彼はバットで大空の彼方を指し示した。ゴムボールは特有のゆらゆらとした軌道で飛んだ。彼は呼吸を合わせてボールを打った。かっきーん。季節は夏を迎える時期で、弟の肌は浅黒く焼けていた。
あるとき弟はゲームボーイをやっていた。少年から貰った物だといった。小さなモニタに世界の理を見るような弟の姿が、繰り返す毎日の中で彼の脳裏に焼きついた。
彼は目を閉じ、縒れた糸玉のような記憶の中から弟の姿を手繰り寄せようと努めた。だが、ひざまずいた少年の衣擦れの音、膝が砂利を躙る音に阻まれた。彼は目を開けた。少年はガムテープで後ろ手に縛られ、池のほとりで静かに正座していた。少年の瞳は池に浮かぶ月を映していた。池の水面が風に揺れ、少年の月がさざなみ立った。彼は携帯でビデオ録画をはじめた。
なにか言うことはあるか。
……。
なぜ殺した。
……。
彼は池の水面に目を向けた。青錆色に変色した弟の姿を月の中に見た。ズボンが血にまみれ、肛門が傷ついていることは明らかだった。頸に黒ずんだ痣があった。
弟はどうだった。
少年は意味を問うような瞳を彼に向けた。
やりたかったんだろ、弟の具合はどうだった。
少年の瞳から艶が消えた。
すごくよかった。
なぜ殺した。
ちょっとした意思の相違だった。
そうか。
僕にひどいことを言ったんだ。
少年は照れたような笑みを浮かべた。
彼は録画を止め、煙草をゆっくりと吸い込んだ。
これからお前を殺す。俺の記憶を上書きするためだ。お前は一枚のフィルムにすぎない。傷害致死でおよそ十年。俺は新たな人生を始める。それについてなにか言うことは。
ない。
彼は少年の眼窩に指を差込んで抉った。
かっきーん。
骨の割れる音と金属との衝突音がこだまし、目玉が天高く飛び出した。濡れた眼球は月光を受けてきらきらと輝きながら池の月の中に落ちた。波紋と波紋とが重なり合って月はいっとき光の集合体に戻され、やがて目玉を飲み込んで月の輪郭を取り戻した。
交番に向かう道すがら、彼は息子を二人同時に失うことになる両親と、息子を失った挙句非難を浴びるであろう少年の両親を想い、両家の方角に頭を下げて謝罪した。見上げた月の中に、飛び出した目玉が吸い込まれてゆく映像が浮かび、彼はたまらずふき出した。
携帯の電池は切れかかっていた。
「むうう〜んが、がんばれえええ〜っ!」
僕は、何かの冗談みたいに明る過ぎる病室の中で点滴を受けている。
「僕さ、睡眠薬ビンごと飲んだから今すごく気分悪いんだよね」
「もしもし? たけちゃん学校に好きな女の子いるの?」
「いない……あのさあ、携帯ぜんぜん充電してないからもう電池切れちゃうよ」
「じゃあ、ゆかりんが恋人になってあげるでゴワスよ西郷どん」
「でも僕らいとこだし、ゆかりは大人だし」
「わっはっは、冗談だってバンジージャンプ!」
次の日、ゆかりは僕の病室を訪ねてきた。
「ほれお見舞いだぞ」とゆかりは言って、白いベッドの上に表紙がヨレヨレになったエロ本を放り投げた。「アタシのお気に入りさ」
「お気に入りって?」
「ゆかりん女の子が好きなの。まあ男もいけるけどね」
ゆかりは急に何を思ったのか、僕の頭をワシ掴みするとボーリングの玉みたいにぐりぐりと撫で回した。
「うっひっひ、元気になれよ坂本龍馬!」
僕が手を振り払おうとするとゆかりは、僕をベッドに押し倒してキスをした。耳を舐めたり舌を入れたり。
「ぷっはー! これで充電完了ぜよ! じゃあな」
ゆかりが帰ったあと、僕はヨレヨレのエロ本を開いてしばらく眺めた。でも気分が乗らなくて、試しにゆかりのことをオカズにして抜いてみた。2週間ぶりに。
「ヤッホー」
携帯に出るとゆかりの声が聞こえた。
「エロ本役に立ったかニャ? じつはゆかりん今度結婚するの。ダーリンはね、エジプト人のイケメンなんだ」
「いったい何の話?」
「そんでね、エジプトの女子って超可愛くて、超萌えまくりんぼーダンス×3=村上春樹なの♪」
つまりゆかりは結婚して、その相手とエジプトに行ってしまうという話だった。
「初耳だね」
「えっへっへっ、吉田松陰もビックリさ」
「ねえ」僕はずっとゆかりにききたいことがあった。「なんでゆかりっていつもテンション高いの? ウザいと思ってる人だっていると思うんだよね。あとさ、ついさっきゆかりのことオカズにしたから」
ゆかりは月のウサギみたいに押し黙っていた。
「あ、あ、結婚おめでと、本ありがと」
携帯の向こうでウサギは小さく笑った。
「エジプト人の彼ってね、チンチン起たない人なの。だからアタシ、彼と生きていくことにしたんだ」
ウサギは涙を流していた。
「毎晩ね、月の裏側で愛し合ってるの――誰も知らない、秘密の方法でね」
月はどれだけ見とれても、お空にぽっかりと浮かんでいていっこうにおりてくる気配はないのでした。
坊や、と呼ばれて振りかえると、姉が塒から顔をだしていました。もう遅いからお眠りと姉はあくびのような声でいいます。けれども坊やは眠くありません。今日は月の表面が七色にかがやいているのです。三日月のふちをなぞって、まばゆい閃きが弾けたり回ったりするのでした。
「姉ちゃん。今日は月がきれいだね。まるでもえているようだね。火花が落ちてこないかしら」
「だいじょうぶ。届きはしないよ」
「姉ちゃん。月のむこうには別の世界があるってほんとう」
「……ええ」
「どうして僕はむこうに行ってはいけないの」
「危ないからよ。父上も母上も、むこうに行ったまま戻らなくなってしまった。ここにいた方が安全なの」
「父ちゃんも母ちゃんも死んでしまったの」
「そうよ。だからくれぐれもむこうに行きたいなんていわないで」
おなか減ったと坊やがいうと、姉は困った顔をして寝ましょうといいました。
姉はいつもよりおおきく寝息をたてて眠りにつきました。
昔々はしごをのぼって狩りに行くのが大人の使命だったと父に聞いたことがあります。塒を囲む壁のでこぼこは、確かにはしごの形に似ています。そこに手をかけていけば、きっと月の近くへ行けるでしょう。坊やは決めました。恐るおそる壁に手をついてのぼっていきます。姉に気付かれないように、息をひそめて。月はどんどん近づいてきました。火花は音をたてて、月の表面をはねています。
坊やは月輪をくぐりました。目の前を熱い光が飛んでいきました。
「ハッピィニューイヤーッ」
穴をはい出ると、そこら中に二本足の奇妙な生物が群れていて、そろって上空をあおいでいました。おおきな花火と、その背後に浮かぶまん丸の月。坊やは自分が住んでいたのが、地面につき出た円筒のなかであったことに気がつきました。坊やが見とれていた三日月は、円筒とそれをふさぐ石板とのわずかな隙間だったのです。
足もとに二匹のカエルが寄りそいあって潰れています。そばを二本足がどたどた通りすぎていきます。坊やはふるえながらもけんめいに夜道をはねていきました。自分はもう充分大人になったのだと、頭のどこかで知っているからです。
「姉ちゃん、待っててね。えさ、探してくるからね」
深い井戸のなか、一匹の雌ガエルが眠っていました。弟を思って流した涙を、冬の井戸水にさらして。