第102期 #9

君が喜ぶこと 悲しむこと

 隣国からやってきた君と知り合ってもう二年が経とうとしている。でも君の考えていることはだいぶ前から分かるようになっていた。
 例えばこの前の飲み会で君はとても酔っていた。皆は君を僕に押しつけ先に家に帰っていった。夜の街を陽気に歩く女の子。外国で一人にできないと、君をアパートへ送るために僕は君を連れて駅へと歩く。
 君は歌い、踊り、裸足になって跳ねまわる。僕は君の靴を手に、間に合った終電に君を押し込んで車内に靴を放り込む。僕は君と逆方向だったけど、やっぱり心配で踵を返し君と同じ電車に乗り込んで、帰りは高い料金を払ってタクシーで家に帰った。
 翌日君は学校で 「きのうは迷惑をかけました」と頭を下げた。僕は君に「元気になりましたか」と訊いた。君は「はい、元気になりました」と答えた。
 他の皆もやってきて僕は冗談半分に「きのうは迷惑でした」と皆に言った。皆は笑って君も笑顔になって「でも楽しかったでしょ」と僕に訊いた。僕はもう一度「迷惑」と答えた。
 僕は二回目の「迷惑」も日本人の皆は冗談と分かることを知っていた。だけど君には分からない。そして君が「そうだね」と言ってもらいたかったことも僕は知っていた。
 明るい雰囲気の中で君は一人寂しい顔をした。さっき君は僕に謝った。それを僕は「そうだね」と言って消したくなかった。ちゃんと君に反省してもらいたかった。
 僕たちの先生は講義がどんなに忙しくても毎年論文を書いてきた人だった。しかし今年は論文を書けなかった。君の指導に追われたからだ。
 君は先生が毎年論文を書き上げてきたことを知らない。今年は書けなかったということも知らない。優しい先生だからそんなことは口にしない。僕と先生は君より長い付き合いで先生は僕の恩人だ。だからこれも君を許せないことの一つになっている。
 君の考えることは分かっているから、卒業式のきょう、日本の袴姿で僕と写真を撮りたいと思っていることも分かっていた。
 でも君は僕に嫌われていることを知っている。僕も君は僕に嫌われていることを知っていることを知っている。それでも君が最後に写真を撮りたいと言い出すことも分かっている。拒まれたらどれだけ悲しむのかも知っている。
 思えばずっと君を許せなかった二年間だった。僕は君のことが嫌いだから最後まで断るつもりでいたけれど、二年間共に過ごした記憶が僕たちを満面の笑みにさせて一枚の写真に収めてくれた。



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