第102期 #6

タキチへの憧れ

「ありがとう。タキチのやつを見つけてくれて」
 柴犬タキチのリードを受け取り、しゃがんで撫でながら佑司はいった。
「ううん、ずいぶん毛並みがよくて、かわいいこだから、心配していらっしゃると思いまして」
 佑司を一瞥し、プララは少し後ずさった。彼の目が赤かく、少し腫れているように見える。
「窓の隙間を機用に前足使ってあけたかと思うと、こっちの掛け声が聞こえないかのように上機嫌に走り去ってしまって。お電話ありがとうございます」
 佑司は、前もって、タキチの首輪の内側に自宅の電話番号を記していた。
「妹とそのお友達がタキチちゃんを気に入っちゃって、しばらく散歩させてたんですけど、そのとき妹が気づきまして。」
 手早く別れの言葉を口にし、タキチを車に乗せて、連絡いただいたプララ宅から公園にでも向かおうとしたとき、プララがいった。
「あの、タキチちゃんなんですけど、よかったらもう少し妹たちと遊んではくれませんか」
 タキチとタキチに向ける佑司の顔を眺めているうちに、こう切り出した。
 佑司は、軽く顔をプララのほうにずらし、タキチのほう見た。
「こいつ、走り足りないようですし、プララさんがよろしければ僕はかまいませんが」
 佑司は緊張していることを必死に隠す。
 通過する電車の奥に夕日が迫ってきた。
 プララと佑司は、タキチと妹たち4人を車に乗せ、散歩道に沿って走り、人気のない公園でおろした。
 何を気にすることもなく、タキチと子どもたちは走りあっている。その姿に憧れを抱きつつ、佑司はプララをベンチの横に座らせた。
「タキチは、雑誌で飼い主を応募している犬だったんですよ。青のバンダナを首に巻いてる写真が載ってました」
「そう。何歳のとき」
「まだ一歳のときで、応募して、相手方とお会いしたとき、タキチのやつ、急にこっちをにらんだかと思うと、僕のそばによって、お座りしたんですよ。それが決め手となって、タキチを飼うことになったんです。」
「強烈な匂いでもしたんじゃないですか」
 笑いながら、佑司は雑誌を取り出す。
「これが、その雑誌なんですけど、ほらこの写真」
 プララの目が雑誌に向いたのを見て、佑司はプララを抱き寄せてキスをした。
「あの子たちには悪いけど、そのつもりなんだよね。詮索はしないけど」
 疲れて戻ってきたプララ妹たちを1人ずつ車に迎えながら、彼女らの喉を切り裂いた。
 プララと佑司は車を密封し、自殺を予定通り実行した。



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