第102期 #14

東京裁判

 私が田圃と田圃の間の道を歩いて居ると昨日までは無かったはたのぼりが、隙間無く立って居て少し驚いた。黄緑色の旗には「武藤章さん出て行け」と書いてあった。
 「もしもし、武藤さんこんな旗が立っていたんですが」
 私は早速武藤さんに電話して知らせてあげた。
 「あのさー私は東京裁判で忙しいんだけど。山下大将の減刑嘆願書も書かなくちゃならんし。超多忙な訳よ」
 「それは重々承知して居りますが、ほんの少しでもいいですからお耳に入れて頂きたく思いまして、電話した次第です」
 「そう、そうなの、分かったわ、あなたの至誠至情のまことは頂いておくわ。でも実際の活動は出来ないわよ」
 武藤さんは少々かまっけのある男性だった。所属する劇団「いかたこ」は女性オンリーの劇団だったが特別に武藤さんは参加を許可されていた。そこで武藤さんは男役を任されていたので、元々男の武藤さんは劇団では女性になり切った上で、舞台の上では男のふりをせねばならなかった。
 翌日私がまたくだんの田圃と田圃の間の道を通ると相変わらず黄緑色の旗は隙間無く立っていたが、旗の文句が変わって居た。
 「メールが届いて居ないか、届いた所でスルーされたか、とにかく寒風抹殺は止めなさい」
 と書かれてあった。
 何が寒風抹殺だ。確かに武藤さんは季節を問わず寒風摩擦を励行しているが(夏では寒風摩擦とは言わないか)とにかく寒風抹殺とは誹謗中傷のたぐいではなかろうか。是非に彼に知らせねばならんなあ。
 そこで再び電話すると、
 「分かった、分かったから、超多忙の身の上をおもんぱかってくれ。一々知らせなくてもいいから。御厚情だけ受け取っておくよ」
 ふーむ、またお邪魔して仕舞ったかな、私は軽い失望感にさいなまれた。
 そう言えば彼の言って居た、東京裁判や山下大将の減刑嘆願書ってなんなんだよ、「武藤章」と言う名前に引きずられて、つい聞き逃したような形になって居たが、確かに彼は何時もその2つをいい訳にして居たなあ、何時の時代だよと私は初めて疑問に思った。
 「あのーあなたの言って居るトーキョー・・・」
 がちゃん、速攻で電話を切られて仕舞った。何時もはやんわりと断る彼が。私は何だかもやもやもわもわして来て、もやもやしたついでに下山総裁について調べる事にした。



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