第102期 #12

 立つ場所は住宅街の電信柱の傍ら、電信柱から三〇センチほど離れたところ。肩幅に足を開き、あごをわずかにうつむかせる。ふと思い出し事でもしているような様子。すべてを見ているようで、それでいて何も見ていないような目をする。これは自宅でビデオカメラに撮影して練習した。目に映る物どれにも焦点を合わせないようにするのが要領だ。誰からも意思を気取られないような幽霊の視線。そして待つ。
 彼女がやってくる。俺は動かない。彼女は俺の左ななめ後方から現れて俺の横を通り過ぎ、そのまま進んでゆく。彼女は男を連れている。恋人だ。彼女が振り返って俺を見る。俺というか電信柱を見る。エナメルのヒールが何かにひっかかったのだけど、一体あれは何だったんだろう、といった風情。彼女も優れた役者だ。
 言うなれば俺は人間タテ看板であって、書かれた情報に興味の無い者からすればひとつの風景でしかない。

 精神的にも肉体的にも他人に依存しなければならないと気付くきざしは、小学校高学年の時だった。俺の場合、その他人とは彼女だった。
「なぜ塀のそばを歩いてるの?」
 小学校の帰り道、俺はブロック塀の傍を歩きたがる癖があった。すぐそばに何かあると安心する。そう説明すると彼女が言った。
「私の隣を歩けばいいのに」
 言われた通りにした。そうすることで俺は不思議と安心した。彼女は彼女で、指示に服従する俺を見て快く思ったらしい。互いの心のネジとネジ穴の径が合ったということなのだろう。

 この仔犬と主人のような間柄は思春期を境に変化した。俺も彼女も別の異性に性的な関心を持ち始めた。二人とも愛し合っていたわけではなかったから、そこで現在のように俺が彼女の姿を見守る方式に変えた。
 連絡はメールで来る。指定された場所に立ち俺は彼女を見る。彼女は俺の姿をちらりと見る。
 たったこれだけ。だが、こうやって互いの人生を無償で見届ける相手がいる事実が、安らぎを与えてくれる。

 時どき俺と同じように電信柱の傍らにいる人を見かける。待ち合わせだろうか。誰だって何かの傍らが好きなのではないだろうかと思う。寄らば大樹の陰、の言葉もある。
 いま彼女の背中が向こうに消え行く。焦点の合わないにじんだ視界の中に彼女の後ろ姿。彼女の人生の幸福を頬ばる。この時、自分が人間臭く感じられて自分が好きになる。帰宅して一人暮らしの部屋で思い出すと泣きそうにさえなる。生きているなと思う。



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