第102期 #11
「小泉構造改革はねえ。そんなにはまちがってなかったわあ。大事なことはね、コーヒーの仕入れよ。タリーズの仕入値はとても安いわ。他と比べてね」
佐知子は私の従妹で、実家がすぐそばで子供のころはよく遊んだものだった。高校生のころはチェーホフの話をした。私がハンサムなチェーホフの美しい短編について語るたびに、彼女は熱心に聞いてくれたものだった。
トルストイはチェーホフ本人の前でかわいい女を朗読し、絶賛した。長編全盛の時代にあって、チェーホフは短編小説に革命を起こした。彼の短編には長編小説に見られるようなプロットがなく、登場人物の心理変化を動機付ける心理的社会的因果関係の導入がなかった。舞台上で登場人物は改心も成長もせず、芸術の真理と感興は直接読者自身へと向けられていた。
「TPPは即刻参加すべきよ。今のアキカン売国内閣じゃムリでしょうけどね。例の尖閣問題でも明らかなようにね」
佐知子は東京の年若い起業家と交際していると言った。
熱海から東京行きの列車の中で、しばしば派手な格好をした若い女性を見かける。田舎では仕事がないので東京の風俗店に出稼ぎしてるのだ。佐知子が東京のキャバクラで働いてそこでその男と知り合ったらしいことはすぐに察しがついた。
「アントレプレナーよ。今の政府には彼ら金の卵を育てる度量がまるでない」
何週間かが過ぎて佐知子から電話がかかってきた。私は熱海に車を走らせ、佐知子を拾って熱海湾を見渡す展望台に立った。赤い月の夜、佐知子は泣きながら言った。
「彼、本命がいたのよ。信じてたのに。別れる」
佐知子は彼から金をもらっていたのだろう。それをやめることにしたのだろう。親もうすうす知っていて黙っているのだろう。
産経新聞の古森記者が海外のインタビューに答えて、慰安婦は売春婦であり金をもらっていたと力説していたが、私はなぜ彼がそんな些細なことに執着するのかわからない。問題は帝国と植民地の、そして東京と静岡の経済格差だ。私がこの小文で若い人たちに伝えたいのはそのことだ。
まもなく、私は佐知子に、それでよかったのだ、と言うだろう。でも、今しばらくは、佐知子が、これは本当の恋愛だった、自分はそういうつもりだった、と言うのを聞く時間だ。
私は赤い月を見上げながら祈った。どうぞ日本経済がさらに発展しますように。いつまでも皇室が安寧でありますように。そしてクソ自民は永遠に地獄に落ちろ。