第101期 #7

重豚

 特別な樹脂が開発された。「重豚」という樹脂で、傷付くと傷口を被うように膨れ上がり再生する性質を持っていた。その性質が買われて自動車やバイク、船のボディに使われるようになった。
「この道路、通りにくいな」
 助手席の男がつぶやいた。車には二人の男が乗っていた。
「そうだな。立ち退かせるなりして道を広げられないだろうか」
 運転席の男がせわしくハンドルをきった。道はクランク形に曲がっている。運転席の男が続けて言った。
「この道、バスも通るんだぜ」
「市か民営か知らないがおかしな路線を引いたもんだな」
 助手席の男はリクライニングを倒すと靴を脱ぎ、ダッシュボードのエアバックの上に両足を乗せた。重豚が開発されて以来、エアバッグは余程の衝撃でないと跳び出さないようになっている。そんな姿勢ではあるが男はシートベルトを締めていた。
「ほら、あれだ」
 助手席の男がサイドミラーを覗くと下膨れのいびつな形をしたバスがウインカーを点滅させて姿を現していた。バスはクランクに差し掛かろうとしている。
 男は車を停め、二人は体を向き合わせるように後ろを見た。
「俺、これ見るのけっこう好きなんだ。アメリカ映画みたいでさ」
「クソ丁寧な運転をしていてか」
「見るのとするのは違うんだよ」
「あれ市バスだぞ」
 直進してきた市バスは重豚の膨れ上がった右のフロントを花壇にぶつけると、壁に沿うように左に向きを変えた。少し直進すると今度は左のフロントを住宅の壁にぶつけてこちらに向きを直した。
 狭い道路に膨れ上がった重豚は邪魔に見える。バスは左側面をこすりつけながら走っている。電柱にぶつかると今度は右に向きを変えた。最後に花壇にぶつかってクランクを抜けると二人の車の後ろに現れた。傷付いた重豚がムクムクと再生し始めていた。
 男は車を進めた。助手席の男が呆れたように言った。
「あれなら盲目でも運転できる」
「本当にそう思うかい」
「さあな。でも市長選でそんなことを公約に入れて障害者の雇用を確保するなんて言うやつがいたら、俺は票を入れないけどね」
 車は区役所の駐車場に入った。選挙管理委員会のある棟の前で車は停まった。
「さてどんな結果になることやら」
 男はエンジンを停めるとトランクを開けて投票箱を取り出した。
 助手席の男はそれを手伝おうともせず、車から出ると伸びを一つした。男はバンパーの隆起した部分を見てつぶやいた。
「この重豚、豚の鼻に似ているな」



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