第101期 #21
携帯の電池は切れかかっていた。
「むうう〜んが、がんばれえええ〜っ!」
僕は、何かの冗談みたいに明る過ぎる病室の中で点滴を受けている。
「僕さ、睡眠薬ビンごと飲んだから今すごく気分悪いんだよね」
「もしもし? たけちゃん学校に好きな女の子いるの?」
「いない……あのさあ、携帯ぜんぜん充電してないからもう電池切れちゃうよ」
「じゃあ、ゆかりんが恋人になってあげるでゴワスよ西郷どん」
「でも僕らいとこだし、ゆかりは大人だし」
「わっはっは、冗談だってバンジージャンプ!」
次の日、ゆかりは僕の病室を訪ねてきた。
「ほれお見舞いだぞ」とゆかりは言って、白いベッドの上に表紙がヨレヨレになったエロ本を放り投げた。「アタシのお気に入りさ」
「お気に入りって?」
「ゆかりん女の子が好きなの。まあ男もいけるけどね」
ゆかりは急に何を思ったのか、僕の頭をワシ掴みするとボーリングの玉みたいにぐりぐりと撫で回した。
「うっひっひ、元気になれよ坂本龍馬!」
僕が手を振り払おうとするとゆかりは、僕をベッドに押し倒してキスをした。耳を舐めたり舌を入れたり。
「ぷっはー! これで充電完了ぜよ! じゃあな」
ゆかりが帰ったあと、僕はヨレヨレのエロ本を開いてしばらく眺めた。でも気分が乗らなくて、試しにゆかりのことをオカズにして抜いてみた。2週間ぶりに。
「ヤッホー」
携帯に出るとゆかりの声が聞こえた。
「エロ本役に立ったかニャ? じつはゆかりん今度結婚するの。ダーリンはね、エジプト人のイケメンなんだ」
「いったい何の話?」
「そんでね、エジプトの女子って超可愛くて、超萌えまくりんぼーダンス×3=村上春樹なの♪」
つまりゆかりは結婚して、その相手とエジプトに行ってしまうという話だった。
「初耳だね」
「えっへっへっ、吉田松陰もビックリさ」
「ねえ」僕はずっとゆかりにききたいことがあった。「なんでゆかりっていつもテンション高いの? ウザいと思ってる人だっていると思うんだよね。あとさ、ついさっきゆかりのことオカズにしたから」
ゆかりは月のウサギみたいに押し黙っていた。
「あ、あ、結婚おめでと、本ありがと」
携帯の向こうでウサギは小さく笑った。
「エジプト人の彼ってね、チンチン起たない人なの。だからアタシ、彼と生きていくことにしたんだ」
ウサギは涙を流していた。
「毎晩ね、月の裏側で愛し合ってるの――誰も知らない、秘密の方法でね」