第100期 #5

植物のひと

 情報の洪水から逃れようと、休みになればバックパックひとつ旅にでる。先週の日曜もそんな一日だった。
 南房総九十九谷の道なき道。千葉って山が無いのかと思ってたけど、そうでもないよなーなどと野鳥に話しかけながら、藪を漕いでいた。
 ちょうどお昼過ぎ、いくつめかの峠を越えると突然森が途切れ、柔らかな光のふりそそぐ南斜面へ出た。さらに進むと、草原の中央付近に人影が見えた。
「!」
 まさか、こんな場所に人がいるはずない。道を間違え、人里へ出たかと思ったが、それにしてもヘンだ。屈んでいるのだとばかり思っていたが、何とその人物は、下半身が地面に埋まっていた。足をコンクリで固め東京湾に沈める、って話はあるけど、こんな山中で半身生き埋めなんて聞いたことがない。
「だ、大丈夫ですか」
 声を掛け近寄ってみると、さらに驚いたことにその半身さん大きなスコップを背負っている。両手が自由なら、そこからぬけ出すのは簡単な話だ。
「おじさん、しっかり!」
 二度三度肩を揺さぶると、うたた寝でもしていたのか、そのおじさんはふあうあと一つ伸びをして、こちらを見た。
「あんた誰」
「いえ、通りすがりの者です。一体ここで何してるんです」
「ああ」
 おじさんは、笑って答えた。
「光合成、だな」
 緑色に変色した手のひらをこちらへ向けて、ヒラヒラさせる。
「ビックリしただろ。ショクブツニンゲンってのやっててね」
 実演しましょうとばかり、おじさんは背のスコップを掴むと、まわりの土を掘り下げていく。想像していた下半身の代わりに、植物の根っこが現れる。ぬわ。咽喉がしきりに渇きを訴えるが一滴の唾さえ出ない。数メートル匍匐前進すると、おじさんは再び穴を掘ってそこに定住してみせる。
「こうして、ときどき植え替わるんだはははは」
 唖然としながらも一部始終を携帯に収める。日常から逃れるつもりなのに、いつだって結局こうなってしまう。おじさんによれば、簡単な手術で半草半人になれるという。陽当たりさえ良ければ、物は食べなくていいし、気の向いたときに植え替われば快適に過ごせるのだという、
「あんたも一緒にどうだい、せっかくの出会いだ、安くしてくれるようセンセイに頼んであげるよ」
 アタフタなんて言葉はこんな時のために使うんだなあ、なんて思いながらその場から一目散に逃げだした。自宅に戻って、すぐにこの動画をアップしたんだけど、今のところ誰も信じてくれる人はいない。



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