第100期 #26

撮影旅行

 窓からは白黒まだらな山々と曇り空が見える。雪はそれほど積もっていない。車内に視線を戻した。私もナツも二人がけの座席を一人で使っている。路線バスで行く、女の二人旅。ナツは文を書く仕事と夜の仕事をしている。今はイヤホンをして目をつむっている。眠っているのかもしれない。
 やがてバスは旋回しながら坂を登り、スキー場の建物の前で止まった。ナツは急に立ち上がり、通路を先に進んでいく。降り際に運転手に挨拶する。振る舞いは大人っぽい。私は小走りで続いた。カメラバッグが大きく揺れた。運転手の視線が気になった。
 ナツが、うーんと言いながら大きく伸びをする。私はナツの腕をぼんやりと見た。
 建物に入らずに、私達はバスが来た道を戻る。ナツがスキー場を見上げて言う。
「リサってスキーとかする?」
「昔、ちょっとだけ」
 二人乗りのリフトがほとんど空のまま山頂へと向かっている。それでもゲレンデには最新の曲が流れていた。


 夏に来た時とは違い、藪が枯れているので目的の建物のそばまで近寄ることができた。白い雪の上にコンクリート造りの邸宅。使われなくなって数十年たつだろう。窓ガラスが全て割れている。私は三脚を組み立てながら、ナツに話しかける。
「近くで見ると、ずいぶん立派な建物だね」
「所長が住んでいたんだって、炭鉱の」
 ナツが答える。
「お客からの受け売りだけど」
 この前ナツから聞いていた。お金持ちのおじいさんだそうだ。私って年上キラーなんだよね、というのがナツの愚痴かつ自慢だ。お客は所長だったのだろうか。
 露出補正をしながら写真を撮る。


 ナツのお客がスポンサーになって、二人であちこち出かける。私は写真を撮ってナツに提供する。代金として十分すぎる金額をもらう。ナツは文章と写真をネットで発表したりもする。こういう仕組みで年数回、旅をしていた。
 私はなかなか集中できなかった。
 どんな写真を撮ればいいか未だにわからない。ナツはアドバイスをくれるし、作品を常にほめてくれるけれども。
 唐突にナツが言う。
「リサの彼氏に悪いなあ、リサといつもこうして旅行しちゃって」
「えっ」
 とっさに私は何も返せなかった。頭の中を色々な言葉が巡った。無言の間が長く感じられた。そして最後に出てきたのは。
「スキー場の音楽、ここでも聞こえるね」
 ナツはやさしい表情をしている。山々に反射したボーカルの歌声は、何だか民謡っぽく不思議と心地よく聞こえた。



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