第100期 #18

SAKURA

 鴨居からぶら下がっている粘着テープにくっついた蝿、それがお前だ――。
 洋二は急ブレーキに身を強張らせる。ルームミラーに吊られた啓翁桜の花びらが散る様に、洋二は蔑まれた過去の記憶を蘇らせた。運転する勝俊は目を細め、奥歯に開いた穴を吸って湿った音を立てた。
 トラックの座席からは前方の車両を見下ろす形になる。勝俊は車間距離をほとんど開けず、減速させないよう前のライトバンにぴたりと張り付いて煽り続けていた。もし減速の気配があれば過剰にブレーキを踏んで車体を傾かせ、運転手に加速を促す。
「この下手くそが」
 そう言いながら勝俊は、車間距離が縮まるたび、ブレーキを掛けるたびに息を飲む洋二の反応を冷たい目で見ていた。洋二は緊張した面持ちで前を走るバンを見ていた。

 そのバンは黒いフィルムで窓という窓が覆われていた。運転手の他には男が三人いた。その中心で少女は裸に剥かれ、口にティッシュを山ほど押し込まれ、両腕をロープで拘束され、股を大きく広げた状態で輪姦されていた。車内に搾り出すようなあどけない悲鳴と携帯のシャッター音が響いていた。
 やがて男の腕が少女の首に掛かり、ぎりぎりと締め上げる。
 死んだか。痙攣してる。しっかり抑えろ。漏らしてる。可愛いな。殴りたい。一発だけだぞ。
 許可を得て、男は目をぎらつかせながら少女の鼻面に拳を打ち下ろした。がさがさの拳が白く柔らかな皮膚を破り、美しい顔を醜く変形させた。破壊した感覚が脊髄を駆け巡り、男は勃起した。
 もう一度いいかな。ふざけるな。今度はお腹にするから。もう死ぬぞ。あと一回だけ。ああ。
 男が首を絞める力を緩めると、少女は咳き込んで鼻から血を噴いた。男が金槌を振り下ろすように少女の腹を叩くと、水っぽい呼吸音とともに少女は腹を激しく波打たせた。男は陰茎を握り締め射精した。
 殺すぞ。
 そうして少女は殺された。

 洋二は前方を走るバンの後部ハッチが開け放たれ、投げ捨てられた少女の描く軌跡を見た。どすんという鈍い音がして勝俊はブレーキを踏んだ。
 ライトバンから男達が降車し、ナイフや鋸を持って少女を部位ごとに解体しはじめた。男達は興奮から脂汗を浮かべていた。四肢と首は切り分けられ、腹が裂かれて臓器は分配されてゆく。
 勝俊は舌打ち交じりに電話を掛け、到着が遅れることを先方に伝えた。洋二は震える手を抑え付けていた。
 後には血だまりと肉の欠片が数片残されていた。



Copyright © 2011 高橋 / 編集: 短編