第100期 #13

スノウ・ホワイト

 《ネクロフィルに人権を》。

 ――モルグに向かう道の途中で出会った学生の一団は、そんな看板を抱えていた。真冬になりきれないなまくらの風が、檄文の綴られたビラ紙をびゅうびゅうと飛ばしている。その中に霜月がいた。死体性愛者。この星で最後の性的マイノリティ。

「あら睦月、こんにちは」皮肉げに彼女は言った。「恋人を取られた男が、活動家の集会になんのご用かしら」

 霜月は隣の少女を抱きしめる。つぎはぎだらけの体。欠けた右手。
 雪花。
 ぼくらが愛した少女。世界でいちばん綺麗なフランケンシュタイン。



 ぼくと霜月が雪花を殺そうとしたのは二年前のこと。
 “あの子は生きているより死んでいる方が絶対可愛い”――ぼくと霜月のかねてからの意見。どう殺すかだけが問題だった。霜月は毒殺を唱え、ぼくは解体を唱えた。それじゃあ、とぼくは妥協案を述べた。間をとって轢死にしようよ。不承不承にうなずく霜月。
 二人で雪花を線路に突き落としたあと、霜月はぼくを気絶させた。裏切り。それから彼女はひとりで雪花の破片をかき集め、金にものを言わせてモルグから雪花の所有権を買い取った。ぼくを哀れなコキュに貶め、“報酬”を総取りする気のが彼女の狙いだったわけだ。



 雪花の体はところどころ欠けている。
 霜月の拾い忘れだ。けれどもその空虚をこそ霜月は愛する。ふぞろいの足取り。擬似生体特有のうつろな反応。欠けた命。からっぽなのがいいの、と霜月は言う。そうして雪花の頬にくちづけを落とす。霜月は雪花の空虚を食む。
 ぼくには理解しがたい感覚だ。
 霜月の当てつけをやり過ごした。活動家の一団を行き過ぎて、ぼくは足早にモルグのゲートをくぐった。
 
「こんちは先生」
「ああ睦月くんか。例のパーツ、いつでも移植できるよ」

 霜月はぼくを同類だと勘違いしていた。
 実際にはぼくは部分性愛者だ。例の線路で目覚めたとき、傍らに落ちていた雪花の右手の眩しさにくらくらした。彼女は余分なパーツが多すぎたのだ。右手だけになってしまった方が、絶対可愛い。
 恋人の死体の一部を自分に移植するのが流行りの弔いで、先生はぼくもその手合いだと思っている。大間違いだ。これは弔いじゃなく、指輪交換。ぼくの右手を死に捧げ、彼女の右手をぼくが受け取る。

 窓の外に視線を投げる。憂鬱を溜め込んだ灰色の空は、そう遠くないうちに初雪を降らせるだろう。
 婚姻はその日にしようと決めている。



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