第10期 #21

落としもの

 この島の向こうに、一つの島がある。この島より遥かに大きく、黒ずんだ島だ。 
 その島には、昼間は太陽の光をギラギラと反射し、夜になると赤や青の強い光を吐きだす四角い箱がいくつも生えていた。大地に真っ直ぐに突き刺さった灰色の巨木からは鉛色の煙が延々と空へと漏れだし、その島の全てを灰色に塗り潰していた。
 
 私は寄せては返す漣に足の指先だけを浸しながら、その奇妙な景色を眺めていた。白い泡の真珠が浜辺へと打ち寄せて、海と陸の境界を引いている。
 外周一キロにも満たないこの島に、私は一人だった。
 視線を遠く泳がせれば、綺麗に定規で引いたような真っ直ぐな水平線が果てしなく続いている。遥か上空からはウミネコのおだやかな鳴き声が響く。


 実を言うと、私には記憶がない。気が付いたときにはこの無人島の浜辺に何も持たず打ち上げられていたのだ。だがこうしてここからあの島を眺めていると、時々ふと思い出すことがある。
 私はあの島で生まれ、あの島で暮らし、そしてあの島を捨てたのだ。
 理由はなんだろう。これも思い出せる気がする。あの島は私には大きすぎたのだ。大きすぎて、狭すぎた。
 あの島で暮らしていた頃の私は、なにか重たい荷物をいつも背負わされているような重圧を感じていた。それが一体なんだったのか、よく思い出せない。
 
 
 いつからか、この島には小石ほどの小さな水晶玉がいくつも流れ着くようになった。
 その水晶玉は皆一様に眩いばかりの光沢を持っていて、太陽の光に翳すと泣きたくなるほど透き通って美しかった。
 不思議なことに、この玉を持っているとひどく満ち足りた気持ちになる。雨降りが何日続いても、太陽が優しく照らしてくれなくても、少しも気にならないのだ。
 私はそれを拾い集め、後生大事に持っていたのだが、どうやらこれはあの島から流れてきたものらしい。時には油やヘドロにまみれた水晶玉が流れ着くこともあったが、私はそれを一つ一つ洗い流してやった。
 
 
 それからもこの小さな玉は次々とこの島に流れ着いて、それに伴うように向かいの島の四角い箱もますます大きく歪な形へと変貌していった。夜空を引き裂く光はより一層その赤と青を強め、奇妙な形をした光るクジラが島を取り囲むように忙しなく動き回っていた。
 
 そして私は今日もこの玉を大切に胸に抱きながら、この落としものの持ち主は一体誰なのだろうと、遥か対岸の島に想いを馳せるのだった。



Copyright © 2003 赤珠 / 編集: 短編