第10期 #19

トモダチ

 月明かりの下を、彼女はうつむき、歩いてくる。手にはコンビニの白い袋。黒い服を着ていた。
 私は塀の上にいた。コンビニ袋の中身に惹かれ、彼女と同じ場所に降り立つ。驚くかなと思ったけれど、彼女のほうでも私を見つけていたみたいで、目を細めて微笑んでいた。
 近寄ると、彼女はしゃがみ込み、私に触った。頭を撫でて、のどをくすぐる。
 私はゴロゴロとのどを鳴らした。彼女のてのひらはとても優しくて、気持ちよかった。私を撫でるとき、彼女はいつも優しい表情をする。
 ふと気づいて、彼女はコンビニ袋の中を漁った。サンドイッチを取り出し、封を開ける。パンに挟まっていたハムを私にくれた。安っぽいハムは、いつもの味がした。
 彼女はまたさらさらと私を撫でていく。


「……友達が死んだ」
 ふいに囁くように彼女が言った。一瞬何のことかわからなかったけれど、彼女の黒い服で、「ああ、そういうことか」と気づいた。お葬式。お線香の残り香を、微かに感じたような気がした。
 そっと見上げた先の目が、ふと暗くなった。優しかった彼女の表情が消えていく。私を撫でる彼女の手が止まった。その手が微かに震える。
「……泣かなかった」
 彼女は呟いた。それから、ゆっくりと、震えるその指が私の首に食い込んでくる。
 私は彼女を見つめる。彼女の目の奥に、薄暗い感情。死んだのは、彼女の大切なひとだったんだろう。大切なひとだったから、泣けなかったんだろう。
 息が苦しくなる。少しずつ彼女の指が食い込んでくる。たぶん、彼女は私を殺したくなんてない。それでも、彼女自身、どうしようもないのだと思う。彼女を見つめる。冷たい表情。何もない静かな表情。静かに、私ののどが絞まっていく。
 ……そうしてもいいと思う。それもそんなに悪くないと思う。
 息が止まる。彼女の手が震えている。彼女の目に、光があればと思う。光のない目に、私は悲しくなる。苦しい。私は、彼女をじっと見つめる。
 ……目が合った。


 ……結局、彼女は何もせず、私は何もできなかった。彼女は放心したように虚空を見つめている。彼女の手は、もう私に触れてはいない。
 力なく下がったその手をなめると、彼女は一瞬痛そうな顔をした。私を見つけると、力のない笑みを浮かべた。
 ……でも、せめて泣いてくれたらと願い、私はもう一度その手をなめる。



Copyright © 2003 西直 / 編集: 短編