第10期 #18

干渉

窓ガラスが横殴りの雨に微かに震えていた。私は台風の立てる低い音を聞きつつ窓の向こうの薄暗い空を眺めた。受付の机の後ろの、人目に付かない空間。
会社設立時の社員の一人が亡くなり、役員まで務めたその人の社葬が催されると聞かされたときは正直驚いた。社葬というのはもっと大きな会社がやるものだと思っていたからだ。
そして当日、台風が直撃した。手伝うことがあるかもしれないと呼ばれていた私はすっかり暇を持て余していた。義理で嫌々来るつもりだった人には恵みの雨であったことだろう。電車は止まり、道路は浸水し、閑散とした会場には沈痛な面持ちの人々が点在していた。
雨で滲んだヘッドライトが近付き、ある一点を過ぎると急に目映く輝き、私はたまらず目を背けて受付の方を向いた。風雨に負けじと声を張り上げ、電話で何やら話している。もう式の始まる時間のはずだ、おそらく欠席者が増えているのだろう。
車から降りた律儀な客が式場に入ると、窓の外はまた薄暗くなり、ただ低く重苦しい音だけが残った。私は目を閉じ、その重苦しさから逃れようと試みた。見知らぬ故人を想像し、雨に濡れてかさの減った哀れな羊を数え、袖のボタンの掛け外しを繰り返した。どれも長続きしなかった。
受付の机が片付けられるのを見ていると、式場で音楽が流れ始めた。葬儀の際によく聴くような、聴いたことがないような、不思議な曲だった。その曲はすぐに外の轟音に紛れ、溶けるように聴こえなくなっていった。
いつの間にか周囲に誰一人として見当たらない。私は帰ろうと思い、閉ざされた式場に会釈した。水を吸いきれず、吐き出しているようにすら見えるマットを跨いで、黒一色の傘の列に手をかけた。単調な動きを繰り返して傘を捜しつつ、明日の予定を考え、落下する水滴を思い描き、額の脂ぎった汗を拭った。傘は見付からない。
傘は見付からない。目を閉じても雨は止まず、耳を塞いでも風は吹き付け、重低音の波は絶えず押し寄せる。
私は誰のものかわからない傘を手に取った。すると辺りは台風のノイズに包まれ、私と傘以外は掻き消されてしまった。ひどいノイズの中を、傘を差して歩き出した。
駅に近付くと傘が歩き出した。傘だけになった。ぼやけた駅を色とりどりの傘が埋め尽くし、いつ来るとも知れない電車を待ちながら、時折くるりと回っていた。
やがて傘たちは整列し、雨で滲んだヘッドライトが近付いてきた。ホームに響く重低音。雨。風。


Copyright © 2003 戦場ガ原蛇足ノ助 / 編集: 短編