第10期 #16
「僕達の命があと千文字しかないって知ってたかい、セイ」
「興味ない。くだらないノイズだね」
僕達は夏だけ顔を合わせる。セイは一才上の僕をゲンさんと呼ぶ。他は遠慮しない。
セロハンをべたべた張った『無関心眼鏡』をセイがかけてしまったから、話はそこで打ち切り。祖母が食事に呼びにくるまで、僕はぼんやりセイを見ていた。
「千文字って、まだ終わらないの」
会話が再開したのは部屋に戻ってからだった。セイは畳に転がって宿題の続き。気乗りしてないのはペンの指先で回る具合で分かる。
西瓜を食べ過ぎたせいか、僕の腹は水っぽい。
陶器みたいに滑らかな、セイのうなじと襟元がのぞけるこの場所を頼まれたって動く気はないけど。
「けっこう豪華なメニューだったけど、今晩は」
セイはいつでも冷笑的な調子を崩さない。
そこがいいんだけどね。
「……ああ、まだ憶えてたんだ。珍しいね」
「やっぱりまた、ノイズなんだ」
「ああ、いや、……多分ね。
省略されたんだよ、きっと。
だってさ、全部書いてたら最初のシーンで終わっちゃうよ。
それを許すなら僕達が死んだって五百文字以上残るとも言えるよね。でも彼だって程度はわきまえてるよ。そこまでは省略しないと思う」
「ゲンさんは、余計な事にばっかり頭が回るんだよね」
もぞもぞとポケットに手を伸ばす。『無関心眼鏡』が出てくるのかと思ったら、ちびた消しゴムだった。
「それで?」
「ああ、うん。あと四百文字と少ししか残ってないとしたら、セイは何をするかなって」
「コタツでみかんでも食べる」
セイが自分の口を押さえる。他の季節の話題は禁域だった。僕達は夏しか会わない。
夏休みは明日で終わる。
セイが寝返りを打った。視線の先にはカバン。僕は寝返りの拍子にのぞいた鎖骨と肩のラインを頭の中でスケッチ。このラインも省略されるんだろうか。
明日、とセイの唇が動いて、でも声にはしなかった。僕を見て、ちょっと笑って襟元を合わせる。
「ゲンさんは、いつ帰るの」
明日だよ。僕は答えた。百も承知している癖に、セイはなるほどそうなんだとうなずく。明日迎えが来る、それはセイだって同じなのに。
「さっきの話ね、夏だったらきっと、千文字分ゲンさんのことでも考えるよ。けっこう省略とかされそうだけど」
「夏休みが終わるまで?」
「夏が終わるまで」
「僕も、セイのことを考えるよ」
言わなくても分かるよ。セイは笑った。
宿題帳が涼風で閉じる。