第10期 #13

神様ヘルプ!

 ミチコさんはどっかに魂飛ばしたような瞳で熱っぽく語る。
「だからね、点々先生のお告げは本物だと思うの」
 久しぶりにあった友人と小洒落たレストランに来て、そんな奇天烈な会話に発展するとは思わなかった。大学当時のミチコさんは理知的で凛とした姿が印象的な女性だったのに、今はどこか所帯窶れした荒んだ雰囲気が漂っている。身なりも独身のキャリアウーマンだというのに随分と質素だ。専業主婦におさまっている私のほうが、ずっとましな服装をしている。これは一体どうしたことだ。
「ほら、○川に来たアザラシのザラちゃんにこの間までついていた釣り針を念力で取ってあげたのは友人の転々先生なんですって。点々先生とは魂で繋がった救世主のお一人なの」
 念力? そんなものがあるのだろうか。救世主っていうのも胡散臭い。大体、動物愛護の精神は結構なことだが、ザラちゃんの釣り針を取るよりも首に矢が貫通した鳩を先に救ってやったほうが道理にかなっている。
 先生の生い立ちから今までの奇跡の数々を、延々と語りつづけてくれたミチコさんの勢いは止まらない。なんだか笑顔で話を聞くのも疲れてきた。 
「今度、点々先生をお招きしての勉強会があるのだけどユウちゃんも来てみない?」
 曖昧な相槌をうっている私にとどめの科白が突き刺さる。
「折角だけど遠慮しとく」
 勧誘を撥ね退けるとミチコさんは悲しそうな顔になる。
「でもね、十年以内に関東、東海地方で大きな地震がおきて今の文明は衰退するとのお告げもあるのよ。今から非常時の対策、その後の文明維持の方法を研究する事は大切な事なのよ」
 そんなあるかないかわからない非常事態に備えるよりも、目の前のミチコさんを怪しい先生から救うほうが先決のような気がする。しっかりしてよ。
「神の使徒に出会える好機なのに」
 神様なんて毎月月末になると出没する貧乏神様一人で間に合っている。
「ミチコさん、何か悩みでもあるの? 相談にならいつでものるよ?」
 少しでも彼女の力になれたなら昔の彼女に戻ってくれるのだろうか。一縷の望みを託した言葉が耳に届く事を祈った。
「点々先生の素晴らしさを誰にも理解してもらえないこと、かな」
 これまでまともに神の存在など信じてこなかったが、もし本当に神様がいるのならどうか今の状況からミチコさんを救ってくれないだろうか。そしたら信じてやっても良いのに。久しぶりに困ったときだけの神頼みをしたくなった。



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