第1期 #6

20世紀

「20世紀に忘れ物した!」
水井恭介は日曜日、身重の妻の由美子と昼食を食べている時、突然叫んだ。
「食べたら行ってくる」
由美子は、冗談とも本気とも取れない口調できいた。
「時間を超えられるの?」
恭介は、頷いた。
「帰ってこられるの?」
今度は二回頷いた。
「5時までよ。念のため、携帯電話を持っていってね。」
大きく頷く。

「20世紀は何処だったっけ?」
とりあえず、東の方向へ向かう。

 バス停にリトルリーグの少年達が並んでいる。バスがやってきた。恭介も一緒に乗り込んだ。バスはガラガラで少年達の話がすっかり聞こえる。誰がミスしただの、ここが弱いだの。その中の一人の言葉に彼らは静かになった。
「そういえばさ、3組の山下絵里が来てたぜ」
少々の沈黙の後、誰かが「ふーん」と言い、そしてまた試合の話に戻った。

(3組の山下は、可愛い子なんだろうな)
恭介はクスクス笑った。彼もリトルリーグにいた。好きな子が試合に来たと聞いた時、胸がバクバクした。仲間にばれないように、「ふーん」と聞き流す振りをした。バスの窓を開けた。いい天気だ。

ビー

 少年達が降りた。
「すみません、僕もです!」
慌てて恭介も降りた。もたついているうちに少年達は見えなくなった。
バスを間違えた。少年達がやってきたところへ行くはずだったのに。
20世紀に間に合うのだろうか。

 着いたのは野球場。だが、探しても見つからない。
(そっか。)
帰ろうとすると声が聞こえた。
「久しぶり」
「水井くんも」
3組の山下、否、1組の相模が笑った。

「俺、今日は5時までなんだけど、でも本当はもっと早く帰らなきゃいけないんだ」
相模はふんふんと聞いた。
「だから手短に話すと、相模のことが好きだった。15年経ったらかっこよく言えると思ったけど」
相模は、やっぱりふんふんと聞いていた。
「知ってたよ」
「待ってた?」
「去年結婚した」
「そっか。
 そっか、ありがとう」

「連絡もしなかったのに、よく来たな」
実は今日の昼に思い出したことを告白した。相模は笑った。

 時間になる。
「相模、俺、子どもが産まれるんだ。それで相模の名前をくれ」
相模は目を瞑った。
「じゃあね、『千里』はどう? せんり。またはちさと」
「ありがとう。大事にする」
「じゃあね」
相模千尋は行ってしまった。
忘れ物の他に、お土産までもらった。


「20世紀は楽しかった?」
「懐かしくて泣きそうだったけど、今のほうが楽しい。それに、すごく大事。」
21世紀が。



Copyright © 2002 坂口与四郎 / 編集: 短編