第1期 #7
貴方に触れたいの。
今度は私から。
陽の当たるベランダで、毎朝そんなことばかり考える。
暗い暗い、けれどとても温かい所から勇気を振り絞って飛び出した。
はっきりしない意識の中で、それでも眩しい光を感じていた。
目を覚ますと、貴方の笑顔があった。
「――なんだ、お前何処から来たの?」
また新しい温かさを私は見つけた。温かい、心。
貴方に生命をもらい、その指先で生かされる。
「お前良かったな、花屋の俺んトコに来て」
大好き。
貴方の声も指も笑顔も。
貴方が触れてくれるから、私は生きている。
貴方に触れたいの。
今度は私から。
まだお日様の位置がとても高かったから、帰りがとても早いのだと思った。
扉が開いたその先で、貴方はまるで凍えるように立っていた。
――泣いてるの?
どうして、泣いてるの?
とても、とても、悲しいの?
靴を脱ぐのもままならず、肩を、膝を、したたかに打つのも構わず。
痛い、とても痛い心があった。
倒れこむように、うずくまって静かに泪を流す。
泣かないで。どうか、悲しまないで。
「……誰?」
貴方は泪に濡れた瞳のままで私を見つめる。
「君は誰?」
私がわかるの?
「どうして泣いてるの?」
貴方に届いた、私の声。
「なんでも……いいだろう……」
震える声。瞳から流れる幾筋もの泪。
貴方に触れたいの。
今度は私から。
貴方に触れながら、私は幸せに包まれながら、貴方の嗚咽を聴いていた。
「なんで……、あんた誰なんだ」
震える肩。縋りながらも吐き出すように投げつける言葉。
「ふざけるな……、出て行け、出て行って……くれ」
わかったの。
私は貴方に今触れるために、此処に来た。
この瞬間の為に。
「大好きよ」
いつも私に触れてくれてありがとう。
「貴方が大好き」
貴方の心に触れられて良かった。
「だから、泣かないで」
優しくしてくれてありがとう。
「そ、……やって、おふくろも言うんだ……」
私に触れて下さい。いつもみたいに。
「大好きだから泣かないでって……」
貴方が触れられない私なんて、ないのと同じだから。
「もう……、もう、起き上がれないのに……っ」
私に触れて下さい。
そうしたら、今度は私も貴方を抱きしめるから。
貴方が大好きだから。
いつの間にか眠ってしまったんだろう。涙と汗で湿った顔を拭いて、起き上がる。
西日が暑くて、ベランダを開けた。
「あれ、雨なんて降ったっけ……」
足元の、鉢植えの朝顔は幾つもの露に濡れていた。