第1期 #13
ドラゴンはいつもそこにいた。僕もいつもそこを通って帰った。部活で夜遅くなっても、偶然といったふうで、僕を見つけ、自転車の前に立ちはだかる。車のめったに通らない住宅地の十字路が、ドラゴンの居場所だった。
「よお、悪いな。カネ貸してくれよ」
白いズボンの尻ポケットに両手をつっこみ、猫背でだらしなく歩き、僕に近寄ってくる。アロハに泳ぐ龍金が、ドラゴンのゆえんだ。そう呼べというから、心のうちで、そう呼んでいる。冬であっても、セーターの上に、そのアロハを着ていた。間の抜けた口元が、金魚の顔とよく似合っている。
「ああ、今日は持ってないよ」
ドラゴンは勉強ができないので、高校に行けなかった。体が悪く、貧弱なのでスポーツもできない。小学校から中学まで、いつもイジメられていた。僕はドラゴンをイジメなかった。止めもしなかったが、それでもドラゴンにとって、僕は特別な存在になったようだ。
「マジで? ボディーチェックさせてもらうぜ」
わざわざ足首から、僕の体をぺたぺたとはたきだした。やがてドラゴンの両手は、ズボンのポケットに達して、金属音をキャッチする。僕を見上げて、にたりと笑い、乱暴にポケットに手をいれ、カネを取り出す。
「なんだ持ってんじゃん」
手のひらの二十円を、僕の鼻先に突き出してのち、ぎゅっと握り締める。
「いただいてくぜー」
財布はバッグの中だ。いつも十円玉だけ、音が出るように二枚、ポケットにいれておいている。ドラゴンはそれを持って、いつもなら足早に去るところ、今日は立ち止まったままだった。にたにたしたまま、言った。
「俺よ、引っ越すんだ。準備で忙しいから、今日はあんまかまってらんねえんだ」
「そう。いつ?」
「明日」
ドラゴンは十円玉で腿のあたりをこすって、うつむいた。
「悪いな。今まで借りたカネ、返せねえぜ」
「いいよ別に」
アロハの裾をひっぱって、一匹の金魚をなでながら言った。
「代わりにこのシャツやるよ」
「いらないよ、そんなの」
「そうか、よかった。じゃあ、忙しいから、俺、帰るぜ」
顔を上げたドラゴンは、まだにたにたしていた。二十円を、アロハの胸ポケットにしまい、僕に背中を向けた。それから振り向きもせずに、虫でもはらうかのように手をあげて、みじかく言った。
「じゃあな」
走り出したドラゴンの背に、龍金が踊っている。僕はそれが見えなくなるまで待ちきれず、反対の方向をさして、ペダルを踏み込んだ。