第1期 #14
こんなに急に別れが来るだなんて、いったい誰が思うでしょう。
あなたも私も恥ずかしがりやで、なかなかお互いの気持ちを素直に伝え合うということがありませんでしたけど、この前の結婚祝のときにあなたが私の作ったライスグラタンを食べてから、珍しく、うまいなあ、って言ってくれたことに私はなんだかすごく感激してしまって。そこで不意に私はあなたに、ありがとう、と言いたくなって、何に対してなのかもよく分からずに、とにかくそう言いたくて、だけど、なんというかそういう雰囲気に慣れてないものだから結局、ただ笑ってうなづいているだけでした。もうあなたにそんな言葉を伝えられなくなってしまった今では、あのとき言っておけばよかったって、お酒の力を借りてでも、って、そう思います。
昨日の晩、あなたは夜遅く帰ってきて、そのとき私はもう布団に入っていたのですが、眠ってはいませんでした。あなたはいつもそんなとき、なるべく音を立てないようにしているけど、私はたいてい起きていたんですよ。本当は布団から出て行きたいのに、そうするとあなたは、ひとりでゆっくりしたいんだから寝とけよ、と口をとがらせるものだから。はじめのうちは、あなたが静かにお風呂に入ったり、服を着替えたり、冷蔵庫をあさったりする光景を思い浮かべて、その微笑ましさに頬をゆるめて布団にくるまっていましたけど、十年も一緒にいればさすがにそんな初々しさはなくなります。いつも私が眠るのは、あなたのいびきが聞こえてきてから。せめて、あなたが静かにしていたのは、半分くらいは私に気を遣ってくれていたんだって、考えてもいいでしょう。ね。
子供がコックさんになって、そのお店に行って子供が作った料理を食べるのが夢なんだ、とあなたは言っていましたけど、本当に生まれていたとしたら、どうなっていたでしょう。想像してみると楽しいし、寂しくもあります。
あなたのいびきは嫌いだし、後ろ髪を引っ張られるのも腹が立つし、目じりの皺もあんまり好きじゃない。だけど、また私は、あなたのいびきが聞きたい、後ろ髪を引っ張られたい、目じりの皺が見たい。私が眠っていると思い込んでいるあなたに、私は起きてるんだって伝えたい。
ねえ、死ぬっていうのはどうしてこんなにも、取り返しのつかないことなのでしょう。
さようなら、あなた。
さようなら、みんな。
さようなら。