第1期 #1

こちらリーディング・カンパニー

 私はリーディングのバイトをしている。
 社会人同士のコンパやお見合いパーティで、恋愛下手な男女の間をそれとなく取り持ち、カップル成立の補助を行う―――つまりはサクラだ。
 時には成り行き上、変なしがらみが出来てしまう場合もある。特に、あと一組でノルマ達成という時、お邪魔虫を引き離すために気があるフリをするという手は「自爆」と呼ばれ、後始末に困ることも多々あるのだった。
「もうね、大変なのよ。プレゼントとか、ドライブのお誘いとか。ほんと、たまんないのよね」
 私は、バイト管理をしている主任を捉まえ焼肉を奢らせた席で、不満をぶちまけた。主任と言っても茶髪のお兄ちゃんだし、年も近いから、友達感覚だった。イケダサトシという名前で、みんなからはサトちゃんと呼ばれていた。
「そういう時のために、マニュアルがあるんじゃん。そりゃまア好みでもないヤツに付きまとわれるのは、イヤだろうけどさア」
「マニュアルって言ったってね、そうそうマニュアル通りにいくわけないじゃん。全然役に立たないよ、あのマニュアル。十年前のヤツなんじゃないの? ……肉、焼いてよ」
「ああゴメン」
「でさア、この前、依子辞めたじゃん? あの子、田舎帰ったんだってよ。ストーカーされたんだって」
「マジで? あるんだなア、そういうこと」
 サトちゃんはせっせとカルビを焼きながら、スンマセーン、生おかわり! と、通りがかった店員に声を投げた。
「ねえ、人の話聞いてんの? サトちゃん、何にも悩みなさそうだよね」
「深く考えないのが、おれのポリシー。深く考えてはいけないのが、この仕事のセオリーさ」
「うわ、それって、マネージャーの口癖じゃん! 感じ悪ウ!」
 私はマイセンを口に咥えて、百円ライターでカチリと火を点けた。
「私もこのバイト、潮時かなア」
 するとサトちゃんは慌てて、
「待てよ、何だよ、そういう話なのかよ。カルビもう一皿いくか?」
「何よ、サトちゃんは別に困らないでしょ」
「それが困るんだって。今、新規(のバイト応募)無いんだって。マジ勘弁して」
「そんなこと言われてもなア」
 サトちゃんの慌てた顔はかわいい。スタッフの女の子からもよくからかわれている。結局、特上ロース一皿追加で私は前言の撤回を誓った。お財布大丈夫? と聞くと、
「深く考えないのが、おれのポリシー。深く考えてはいけないのが、この財布のセオリーさ」
 サトちゃんは、ちょっと涙ぐんで、言った。



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