第39期予選時の、#17よめさらなめゆ(しなの)への投票です(1票)。
「短編」では注目の<るるるぶ☆どっぐちゃん>と<朝野十字>を最初に読み、それから全編に目を通した。<るるるぶ☆どっぐちゃん>の「Black and White」は十分によかったんだけど、<しなの>の「よめさらなめゆ」を読んでびっくり。こっちに投票します。
「よめさらなめゆ」は、いきなり高校生にタイムスリップした「わたし」(脳はまだもとのまま)が高校の窓ガラスに映る自分をみながら、時間について考える話。タイムスリップ自体は非現実で、起こりうることがないものの、「よめさらなめゆ」を読んでいると、それが本当のことのように思われ、さらには「わたし」が「時間」について考える部分は、安易にセックスや恋愛に走る(僕もそうだけど)最近の小説と違って、ずっしりと内容がある。
注目の<るるるぶ☆どっぐちゃん>もきちんと哲学を持っている人だと思うけど、「Black and White」はやや、「お嬢様の反抗期物語」といった図式から抜け出ていないように思う。割れたガラスは美しいけれども、ピアノの音だって美しい。革命にはロマンがあるけれど、権力を持つものの哀しみだって馬鹿にできない。そこらへんはサン=テグジュペリの「夜間飛行」のリヴィエールを持ち出すまでもない。
「よめさらなめゆ」から脱線したけれど、僕はとくに
<わたしはふたつの可能性について考える。一つはこのまま時間の逆転は止まらないで、さらに過去へ突き進んでいくこと。わたしはやがて幼児期にさらには、母の胎内へと戻るだろう。しかし、それは実際のところ墓穴に入るのと変わらない。あたたかく湿っていて、水が流れている、山裾の古い墓場と変わらなかった。
もう一つは、時間がここで再び逆転して、前へ、少なくとも以前は前と呼んでいた方向に進みはじめること。わたしは再び高校を卒業して、人生をやり直すだろう。しかし、そのことに何の意味があるだろう。わたしには将来を生きた記憶は何も残っていないのだから、同じことをただ繰り返すだけだった。
墓穴も子宮も実際には等価だった。そこは有無が転じる場所だった。言い換えると、時間が転じる場所だった。時間が転じて、わたしが存在しない時間になる。あるいはわたしが存在する時間になる。わたしが存在しないところには、わたしの時間は存在しないが、時間が存在しない訳ではなかった。>
の部分が大好きだ。この部分は以前の朝野十字の作品を超える格調がある。タイムスリップを<母の胎内へと戻る>とし、その母の胎内を古い墓場ともっていく部分はうねる文体で、美しい日本語のリズムだなあ。そしてそのリズムや比喩に頼りきってないところもいい。ちゃんと論理的で、時間についての思考のあとが残っている。あと、ゆめならさめよ、の逆さ読みというのもよかった。
こういう短編を読めるのは幸せで、これは文句なく推薦したい。
参照用リンク: #date20051029-154337