第160期決勝時の、#1傘を取りに来ただけだから(前田沙耶子)への投票です(6票)。
登場人物が適度に奇抜であるものの特異な設定などはなく、語りの心理描写がうまく入ってくる。長さと内容のバランスも取れているように感じた。取り立てて読者に何かを残す作品ではないと思うが、「台形」は非凡な着眼点だろうし、1000字にまとめきる完成度において最も優れていたように感じる。
参照用リンク: #date20160208-102902
1 傘を取りに来ただけだから 前田沙耶子 7
面白かった。
結構。最初と最後のひどい男。その間に、情感を浮きぼらせるための細かい描写。事物に感情を託する・心象風景を表現するのに心情吐露ではなく、出来事や状況、それから素晴らしい台形のイメージに託している。ここがいいと思う。
ただこういう自分自身の心情を事物に仮託するという手法自体に最近ちょっと疑問を持つ。はっきり言えよと。暖房ききすぎで部屋が暑い時に、隣の人に「暑くありませんか?」と聞くんじゃなくて「暑いから暖房下げて」とはっきり言ってもいいんじゃないかと。
それから嫌なのは、「おじゃまぁ」という語感の選択。「「台形」と答えると、あいつは不思議そうな顔をした。」という弱い踏み込み。
この女のほうこそひどい女と思えてしまうのは、ひどい男と言いつつ結局、その男のひどさを楽しそうに見えるほどいきいきと描写しているから。別に真剣じゃない、こちらも別に本気じゃない、面白い観察対象だ、てあたりを感じたから。
と、嫌な表現ありつつ、心情仮託という手法自体に個人的に疑問を感じているところはありつつも、結構であることに変わりはないのでこの作品に投票です。
8 療養所 岩西健治 4
面白くなかった。
「小鳥は空もはらむ。」の冒頭ですぐ読むのにちょっとつまずいてしまった。「空も」の「も」って? 他に何かはらむの? ってなんか納得いかない感じになったんですよね。
「小鳥は羽ばたく羽を使う。」「小鳥は小鳥の姿をまとう。」も意味が分からない。「三羽の小鳥にはそれぞれ特徴はあるが」とあるので、「三人のアルツハイマー」の象徴として小鳥なのかな、と思ったのだけど、それでもなさそうだし、やっぱり意味が分からなかった。
「記憶を消す」意味もよく分からない。
記載するのは「少しずつではあるが着実に言葉の途切れた先にある無と思われるものから逃れるために。」ということのようだけど、「少しずつではあるが着実に」がどこを修飾しているのかよく分からない。
なんだか深刻なことが進行しているような書きぶりなのだけど、そんな感じがするだけで、内容がよく分からない。
15 川辺の香り 白熊 3
面白いんだけど気になる部分があってひっかかる感じ。
「鮎香」というキャラクター。「抑毛」というコンセプト。「毛のエロス」というイメージ。の組み合わせ。
「鮎香」はいらないと思う。冷たい一月の川を泳がせるためだけの設定に見えた。
「抑毛」には、いじめ、みなが同じという平等意識、母親が子育てで悩む(相談相手不在のコミュニティ不在の子育て)、というふくよかなトピックが紐づけられていて、小説全体に奥行きを与えている。
「毛のエロス」は、陰毛が漂う映像はきれい。
参照用リンク: #date20160204-202346
・傘を取りに来ただけだから
冒頭の「あいつはひどい男。」と末尾の「ひどい男。」
この2つの言葉を使い分けている。言葉に敏感。
文字数が994字で字数も余っているし、末尾を「あいつはひどい男」とうっかり書いてしまいそうなところを抑制した筆力が凄い。
チェーンのくだりは予選投票時に感想として書いたので省略するが、小道具の選びもよい。
「ノックからチャイム」の変化、「台形」の変形、「流行りの芸人」(流行りそして消えていく芸人)、「レナードの朝」(レナードの病状の回復と悪化)、「今日と明日の天気」(天気が変わるから傘を取りに来た)。
「ひどい男」と「女」の関係の変化が押し寄せてきている。そんな小道具を出しておいて「餃子」。この「ひどい男」との関係が壊れるのを恐れ、餃子の皮にでも閉じ込めておきたい女の心境。そしてそんな女の心境を知り「餃子はおれも食べたい」と答える男。
「ひどい男」の不倫相手が「女」なのだろうが、2人の壊れやすい関係性を見事に描き、「女」の心理もよく現れている。この作品に1票。
・療養所
よく分からなかった。作者と読者である私との間の会話は成立しなかった。
でも『会話が成立したことに賛同する者はいないし、不成立をとがめる者もいない』だろうから、一安心といったところ。
・川辺の香り
川から身を持ち上げた鮎香の強烈な印象。最後の段落で読者に衝撃を与えるためにだけ作られた小説というような印象を持った。そして、その目論見は成功していると思います。
「一月の川の水に濡れた毛のエロス」は私にも衝撃的でした。
三島由紀夫の「潮騒」で、初江が海から上がってくる光景を想起した(初江は、日焼けして色白ではないだろうけど)。
参照用リンク: #date20160204-201619
読めたほうで、という理由でこちら。
書き手は若いのだろうか。初投稿で、もしこれが単発ならそれまでで、寂しいのだけど。
こういった作品が複数書ければいい。
もう一つのほうは、まず作者がそういった環境の中にいる人なのかと、空想だけで書くには少し重いものだから、気になる
だから、ダウン症のこととか、枝葉のことが、気になる。
もし完全に空想で書いたなら、馬鹿にするなとなるし、
もし身近に感じている人ならば、そんなこと考えていらっしゃるんですね、すみませんが、もう少しわかりやすく書いてくれたら嬉しいです、となる。
そういうことを気にしない読み手はいるけど、僕は選びにくい。
つくづく小説とは、どんなに深く考えて書こうとしても、読み手に伝わる何かしらの「面白み」を描いていなければ、だめだと思う。(クロクマ)
参照用リンク: #date20160203-221846
『川辺の香り』と凄く悩みました。最後のまとめ方がよく。
子供から青年になっていく様を、手前でも判る様な文章に魅了されました。
ただ手前は専門的な事は皆無に等しい者ですので、テンポの良さ及び映像が浮かんで来るような表情力に『傘を〜』にさせて頂きました。
女性としても共感できる部分も多々ありました。
次回作を楽しみにしておりますね。
参照用リンク: #date20160202-201610
「傘を取りに来ただけだから」も「川辺の香り」も一瞬間輝く形を象徴的に捉えた作品だと思う。「傘を取りに来ただけだから」の爽快感の駆け抜けるリズミカルな文体には、まだ発展の余地は残っているがやはり輝きの種は含まれている。どちらも映像を想像することのできる作品であるが、「川辺の香り」は小説として作られた映像(だから完成度は高いのであるが)である。一方の「傘を取りに来ただけだから」には、実体験の輝き(作家が戦略的に書いたようには感じとれない迫力)がある。
参照用リンク: #date20160202-185634