またまた長くなってしまいましたが、今度はチキンさんのご意見へのコメントとして掲載させていただきます。長いということは、それだけで暴力だったりしますので、こうして出すのもためらわれるのですが、他に上手な方法を思いつかなかったので、そのまま出しています。しばしお付き合いいただければ幸いです。そう、前置きから長いのです。
それと、ロチェスターさんはじめまして。我ながらうるさい人になったみたいで、嫌がられてしまうんじゃないかと心配していましたが、好意的に受け取ってくださり、ありがとうございます。こうして同じ対話の場で意見を出し合うのは初めてですね。今後ともよろしくお願いします。
まず整理させていただきますが、チキンさんのご意見について、少し前に書かれていたサイトの傾向に関するものと、今回書かれた読み手の努力、この二点について順番にお話したいと思います。
まず先に、読み手の努力ということですが、私は他の参加者全員に一括して努力を求めるつもりで書いてはおりません。ただ、自分が、かつて面白いと思えなかった作品を面白く読めるようになった時に、自分が試みていた方法を紹介しているだけです。
他の方と読み方について意見交換することはできても、読み方を制約することはできないと思っています。読み方のルールなり約束なりが決められていれば別ですが。ですから例えば、「オチ・意外性・スピードがあって、一読で面白い作品を評価するべきである」とは言いません。逆に「一読でなく何度でも読まなければいけない」という気もありません。趣味のものを気楽に読みたいと思って悪いわけがありません。そして自分が面白くないと思うのも自由です。思うのは。それをどう表現するかは別として。
ただ、いろいろな面白さがあっていいのだから、それを読めないよりは読めたほうがいいと、私は思います。わからないものをわかろうとするのは悪いこととは思えませんし、それを「努力」と呼んでもそう誤りではないでしょう。
(�△愨海�)
長いなあと思われたら、ここは飛ばしてくださっていいかもしれません。やや細かい話になりますので。
もう少し掘り下げて、作品に表れる作者の努力を読者が読み取ることは、作品を面白く読むことに本当に繋がっているのでしょうか。
あくまで私の意見であることをお断りした上で言いますが、
「作者が何を書きたいと思って、それをどのような方法(あるいは思考錯誤・努力)で為したか」(このへんを私は作者の創作姿勢・努力という言葉で表現しました)
に、私が配慮したい理由は、(ショートショートであれば作品の質そのものにはそれほど関係しないかも知れませんが)例えば文学志向の強い作品については、作者の今現在の感じ方考え方生き様そのものが、作品の表現に強く反映されてくるものだと思うからです。
それは作品中で文章によって主張されるのではなく、登場人物の設定だったり、細かいしぐさだったり、小道具の選び方だったり、情景描写であったり、表現の選び方であったり、物語の構成や帰結点であったり…様々です。こういう「作者の努力」を作品から読み取ろうとすることが、私にとって、とても勉強になります。しかし、一見ではなかなかつかみにくいものもあるので、自分が読み慣れないスタイルの作品のよさを見つけるには、必然的に何度みますし、時間もかかります。
なお、ここでは、あくまで作品から読む、という意味で申し上げており、作者自身による作品解説については除外しています。それはまた別な論点ということで。
話はずれますが、気楽に投稿される作者さんがいても、不思議ではないわけです。私が三十分かけて懸命に読んだ作品を、実は鼻をほじくりながら五分で書いている、ということだってあるかも知れないのです。それはちょっと嫌ですが、鼻をほじっているところを透視しようとして読むわけではないし、読み手としてはそういうことに関係なく、払った努力に見合った面白さを発見できるのだと思います。また、作品が優れているなら、時間も鼻も関係ないし、鼻を掘っていいアイディアが出るなら私もやります。
(��へ続く)
このサイトには「上質なショートショート」ではないにせよ「文学的に優れている」(と私が感じる・偏見含む)作品もありますし、文学作品を志向したけどうまくいかなかったんじゃないか(あるいは私が単に作品の良さを読み違えていただけかも知れませんが)という作品もあります。それに、初めて書くような人もいて、その人がショートショートを志向しているのかどうかもわからないわけです。
こうしたさまざまな作品に対して、「上質なショートショート」の読み方だけを当てはめて批評するわけにはいかないのではないでしょうか。だから、一見で理解できないものを面白くないと切り捨てるだけではなく、異なる読み方を模索することや、何度か読んでみることも必要なのではないか、と私は思っています。
正直、見知らぬ人からいきなり「つまらない」とただ烙印を押されるよりは、「こういう書き方の方が面白いかも」と言っていただけた方が、励みになるのではないでしょうか。人それぞれですけどね。
重ねて申し上げますが、これは私個人の意見であり、サイトの総意でも主流でも何でもありません。新たな面白さを発見しようとする時の私の方法ということの表明であり、他の方へは何の強制力も持ちません。
論点の一つ目は、以上です。
(�い愨海�。)
次にサイトの傾向についてですが、意見を出す人より出さない人の方が多いサイトなのに、一部の方の意見を聞いただけで、あたかも「サイトの総意」らしきものを感じるというのは、行き過ぎであろうかと思います。こう言っては何ですが、「面白くもなさそうな作品が集まっていて読むに耐えない。誰かも自分と同じことを言っていた。しかしお前が書いてみろと反論されていた。それが嫌だった」こういう印象をチキンさんが「短編」サイトにお持ちになったのか…そんな風に解釈できますが、間違っていたらすみません。
私は「短編」の代弁者ではなく、一参加者に過ぎませんが、少なくとも今はそんなサイトだとは私には思えません。以前のことはまったくわかりません。それは風聞に頼って決めつけていいことと思えませんので、ここで申し上げることはありません。
ここの掲示板は雑誌のアンケート欄ではありませんから、自分が「面白くない」と意見を出せば、参加者である読み手なり書き手なりから、「そんなことはない。面白い」「こういう読み方もある」という指摘を受けることがあってもおかしくないわけです。
チキンさんの仰るとおり読み手はやはり基本はわがままで、自分の楽しみに貪欲です。そういうものだと思います。小説好きなら誰もが素敵な作品を読みたい。書き手の私は自分の作品が一蹴されると少し悲しく感じますが、実は読み手としての私はやはり楽しみに貪欲です。
だから、自分が面白いと思った作品がけなされれば反論もするでしょう。そして反論する方は必ずしも議論のプロではないから、よほど気をつけていたとしても、その言葉は相手を傷つけることになったり、チキンさんのように、まるで自分がサイトから排除されたかのように感じられたり、そういうことが起こらないとは言い切れないのだと思います。
(�イ紡海�)
それは、サイトの総意であったりサイトの責任であったりするのでしょうか。わがままであっていい読者同士が、少しずつ、お互いの言葉に気をつけて相手の楽しみに歩み寄る、そういうことでしか解決できないのではないしょうか。そう私は思っています。なので、作者の努力なりを読み取ろうとすることも、そういう歩み寄りのヒントを増やすことにつながるのかもしれないし、少なくともあまり無視したものではない、と思うわけです。
> 最後に、個々の作品を挙げて書かないのは単純に時間がもったいないのと、その作者と私だけの議論になりそうだからです。
そういうこともあるかもしれませんね。極論になりますが、毎回全部の作品を熟読して語る、となるとそういう時間は誰しもないでしょう。それに疲れてしまいます。こんなに長く書くのも正直ちょっと疲れます。それに他の本だって読みたい。吉行淳之介が鞄の中で私を待っているのです。
ですが、せめていくつかの作品についてでも、好みの異なる読者さんや、あるいは作者さんを交えるなりして、気持ちよく作品についてお互い語ることができれば、サイトの傾向やら総意やらを云々するより、実りが多いし楽しいのではないでしょうか…と、私がそう思っているということを、ご理解いただければ嬉しいのですが。まあ、そういう考え方もあるのだ、くらいに心に留めていただければ、長く書き込んだ甲斐があるというものです。
投票数が少ないことについては残念だと感じていますが、いまのところこれはというアイディアもないです。ごめんなさい。
(了)
さらに余談もあるのですが…もう十分ですよね。
長文でのご意見ありがとうございます。長文が暴力だとは思っていませんし、一定の主張を述べるのであればそれに見合った「長さ」というものがあるはずという考えの持ち主ですので、おかげさまで概ね理解できたかなと思っています。
その上で、反論というか、意見のすり合わせとして私見を三つほど述べさせていただきたいと思います。
まず、作品を読むことで見えてくる“作者”には二通りあると思います。ひとつめがとむOKさんが述べておられるような「作者の努力」であり、もうひとつが「作者の為人」です。
努力、つまり作品が完成するまでの思考をトレースすることは愉しいですし、為人と対峙することは厳粛な気分にさせてくれます。ただ、これらのことが見えてくることが果たして作品そのものを楽しむことになるのかどうかについては、とむOKさんと意見が分かれるところです。見たくなかった作者の一面が見えてしまって、面白かったはずの作品も途端につまらないものに……なんてこともありますしね。
と、この文章を書いてて気づいたんですが、私はどうも「努力」という言葉が嫌いなようです。「努力」というコトバが、自分が好きではないことを他人に強制されるイメージがあるからなんでしょうけど。まあ、ホントどうでもいいことですが。
次に移ります。
〉 正直、見知らぬ人からいきなり「つまらない」とただ烙印を押されるよりは、「こういう書き方の方が面白いかも」と言っていただけた方が、励みになるのではないでしょうか。人それぞれですけどね。
今回は特定の作品を挙げているわけではないので十把一絡げに「つまらない」「面白い」と書いていますが、大抵の場合は“なぜ”つまらないか、“なぜ”面白いかその理由は書くように心がけています。ただ、「こういう書き方の方が面白いかも」という書き方はしません。大上段に構えて「私が書いた方が面白くできる」というイメージを与えてしまう可能性があるからです。
このあたりもとむOKさんとは意見が分かれるところです。
三点目ですが、
〉 次にサイトの傾向についてですが、意見を出す人より出さない人の方が多いサイトなのに、一部の方の意見を聞いただけで、あたかも「サイトの総意」らしきものを感じるというのは、行き過ぎであろうかと思います。こう言っては何ですが、「面白くもなさそうな作品が集まっていて読むに耐えない。誰かも自分と同じことを言っていた。しかしお前が書いてみろと反論されていた。それが嫌だった」こういう印象をチキンさんが「短編」サイトにお持ちになったのか…そんな風に解釈できますが、間違っていたらすみません。
えーと、この点についてはもう少しコトバを重ねた方がよかったですかね?
まず、「面白くもなさそうな作品が集まっていて読むに耐えない。」とは私もタンソさんも書いていないはずです。私の理解では「ここの作品は外に向かって(読み手を意識して)書かれた作品が少なく、内にこもった(自己満足の)作品が多いように思われます。できればもう少し外に向かって書かれてみてはどうでしょう?」ぐらいの感覚なんですが。
また、「お前が書いてみろと反論されていた。それが嫌だった」とありますが、私が本当に嫌だったのは、「お前が書いてみろ」と暴言を吐かれた方に対して誰もたしなめなかったことです。この掲示板での議論は一対多数(+傍観者)になりがちですが、いくら対立している相手とはいえ、暴言を吐いた方に対してはそれが味方であってもたしなめるのが相手に対する礼儀だと思っていましたから。
とはいえ、とむOKさんのおっしゃるとおり昔から(とはいえ断続的でここに来ていない期間の方が長いのですが)掲示板の住民はそれほど多くはありませんでしたので、「サイトの総意」と評したことは誤りでした。訂正いたします。「掲示板での総意」あたりが妥当でしょうか。
今回の議論に参加した目的はタンソさんのフォローと、読み手(投票者)を増やす手段の議論や現状への皆さんの意見を伺えたらいいなぐらいの気持ちでしたので、あえてサイトの傾向にこだわった意見を述べさせていただきました。また、ついでに議論への参加者も増えればいいなと、煽ったり、妄想・暴言に近い発言をしてみたのですが、乗っかってくる方はほとんどいらっしゃいませんでしたね。残念といえば残念ですが、この議論自体も収束しているようですので勝手ながら今回はココまでとさせていただきます。
なお、「短編」自体には共感する立場ですのでサイトの姿勢、つまり運営者である北村さんへの批判は書かないように心がけていましたが、私の書き込みにより不快な思いをさせてしまいましたならばこの場を借りてお詫びいたします。
最後にツリー違いですが、記事115のながつきゆうこさんへ
私の好きな作品ですが、初期の黒木りえさん(不老不死〜強盗)、川島ケイさん(「ちゃろ坊」「傘を広げて」「土曜日、朝六時」)、ヒモロギさん(「トーフ地獄」、「原っぱの決斗 キツネ対メカダヌキ」)あたりは好きです。作品を読んで頭の中でぱっと絵が出てくるような作品が私の好みといえると思います。