楽しく拝読いたしました。
1 夏の動物 森 綾乃さん 991
夏の動物はここに登場する人物に向けられた言葉であるようです。キリンはよかったけれど、ゴールデンレトリバーは改良種だからいささか人為的な生い立ちで、サバンナになじまないと思います。調べたところ北半球高緯度地方の狩猟犬を掛け合わせた品種のようでした。
冒頭、月についての語りはなかなか素敵でした。
2 世界一短い推理小説(千字ver) Et.was 1000
犯行は衝動でも動機は明らかに怨恨の線でしょうね。そして犯人も明確。「何故あのように」は良くできていて、書き手は犯人が凶行に及んだ理由を当然と思っていて、なおかつ、その殺され方が動機に対して理不尽な方法であるということを一文で表していますから。
3 淑女渇望 柊葉一さん 943
「パパとママとフィアンセのレスマンが死んだ」に始まって、順列・解説的に物語が進むことに興味をひかれました。主人公が硬直した心理状態にある時にこういうストーリーテリングをするとリアリティが増すように思えます。
しかし淑女的なものを、しかも渇望するというほどの強い感覚は、物語のなかで既に失われています。第一、恋しい幼馴染は最初から主人公のそばにいるのですから。このタイトルに感じる違和感に近いものは、後段、幼馴染の登場あたりから増していきます。まず、主人公にナイフを突きつけなくても、主人公は彼にとって安全なのです。主人公の「いつでも一緒に死ねるのね」というエンディングもロマンティックなようですが、それならば彼女がそれを望んでいたことを物語の前段でほのめかしておく必要があります。彼の犯行同様、彼女の思いも無計画で唐突過ぎるのではないでしょうか。
4 追い風 ハコさん 1000
追い風、髪の毛、扇風機、「あー」などのキーワードの配置で特異な世界が築かれています。イメージがぼけるのは、言葉の持つ印象と文章中での表れ方にぶれを感じたからでしょうか。例えば「心配するな」という医者がため息で「あー」とか、「追い風」なら背中から吹くのではないか、とか。
それを置いて読んでみると、やはりエロ話ですね。ベッドの中で吹く追い風に、「だってスキンでしょ」という彼女。追い風に向かい風を当ててるし、リストラされてるし、こりゃあ別れるわなあ、という納得の展開でした。
5 ナレーション Kさん 1000
語りが流暢で大時代的なところが愉快痛快でした。語り手が誰であるのかは半分くらいでわかったでしょうか。ただ、煙幕のような情景描写だけで全部話を進めるのはもったいなかったと思います。語り手の混乱を表すとしても。
6 求ム、 翻車魚さん 1000
なるほど機械オチでしたか。世慣れない青年が上司との人間関係に悩む様がリアルです。ただ、破り捨てる、というオチが何を意味するのかが良く解りませんでした。やけになっちゃったってことでしょうか。外部操作に焦がれる主人公はきっと、これからもしばらくはマニュアルを手放せないでしょう。
7 たけしの観照(3+9=?) 宇加谷 研一郎さん 1000
観照、というほど達観しているようには思えませんでしたが、自分の考えを挟まずに見たとおり体験したとおりのことを語る剛の様子は、それと呼んで良いのでしょうか。玲子が過去を思索する姿との対比もあり。狙ったオチがあるところが関西っぽくて、やっぱそれ観照ちゃうやん、ってつっこむとこです。
8 舌鼓 bear's Sonさん 1000
「舌鼓」についていろいろ調べてみました。これが生活に出るのは乗馬体験者であるとか、そういうところもリアルな感じです。ただ「舌鼓」には行動を強制する意味合いがあるらしいので、そういうところを絡めると良かったのではないでしょうか。社会人になることを強要される感覚とか、競走馬の夢潰えて乗馬として去勢されて生きるとか、それでも馬は走ることでしか生きられないとか…と、「舌鼓」という行為。
イメージが膨らむヒントをもらったようなお話でした。
9 ひつじ雲 白縫さん 999
ここで物語をやめちゃうところが怖いです。この物語は繰り返しの中に閉じていて、進む先も行き着くところも無いのです。誰かこの子を救ってあげてください。
10 Corruption of the best becomes the worst 崎村さん 978
こういう風に命までも玩ぶ放埓な思考は、若いときにしか許されないのかも知れないですね。年を経てさまざまなことに慣れ、あるいは受け止める下地ができる前の、思春期における自我への思索は、体験によって紡がれる新たな価値観の噴出と淘汰によって、幼い自我では制御できない否定と拒絶の奔流を生み出すのではないでしょうか。…とか何とか考えると、自分の年齢を実感してしまうわけですが。
このような言わば何かを殺し、あるいは何かに殺されるという観念に翻弄される時を、私自身も過ごしてきたと思うのですが、やはり似た風だったようです。生死の感覚が希薄で、抽象的で、夢見がちなんですね。観念の空中に綱渡りする感じです。足をつけるべき大地も、自分を映し出す観客の姿も遠く、孤独に昂揚するちっぽけな魂。そのうちどこかにはたどり着くのですけれど。
で、その当時の感覚が今自分の中でどうであるかということを考えてみると、決して美しく昇華されているとは思えないのです。体の隅っこの辺りに黴びているかのように息づく滓があって、感情の湿度を得た時にふっと勢いを盛り返すような。
11 小あじの南蛮漬け 長月夕子さん 991
南蛮漬けを頭ごとするのかどうか、エンディングをみて気にかかったので調べてみたら、どのレシピも頭ごと齧って骨までイけると書いてありました。
人物の性格と関係が情景の中に織り込まれて、包丁を使う主人公の息遣いまで感じられるようでした。このへんが長月さんの拘りどころの一つではないかと思います。丹念に光線を選んで撮影された一枚の写真のようです。
12 らくだと全ての夢の果て 新井さん 853
こういうお話は好きです。きれいでイメージが整っている。らくだと彼の距離感もほほえましい。堅苦しい自己主張や衒いが無くて、そういう意味においては読みやすかったと思います。もっと言葉を選ぶ努力をしてみると、さらに佳いお話になるでしょう。
後半にすぐ続く!