13 アイ ウォント ユー 田中彼方さん 1000
醜女が愛しい美男の首を切り落としてその首と飛び降りる話というのは、どこにどういう感情を寄せたらいいのか、私にはよくわかりませんでした。インパクト主眼の物語であれば、それはもうネタに凝らないと、どうしてもどこかで読んだ感がつきまとってしまうのではないでしょうか。
…とか思うのは最近になってからで、前はこういう起承転結のクリアーな、おどろおどろしく完結した物語が大好きでした。そういう時って、登場人物の気持ちとか人間関係とか、一切無視なんですよね。とにかく怖い設定がされていれば楽しいって感じで、もう人として真っ黒。醜女なら何しても許されるって、よくよく考えたら酷い話ですよね。
14 擬装☆少女 千字一時物語24 黒田皐月さん 1000
子どもにストリップをさせると児童福祉法にひっかかるかもしれない、とか余計なことを気にしてドキドキでした。描写に拘りを置くと、官能小説との境目がやはり難しくなるのでしょう。
15 右手と左手の会話(ソナタ形式) ロチェスターさん 1000
右手と左手の違いがわからなかったのですが、拍手する手のどちらが鳴っているかと考えるとそれはどちらでもよいわけで、ソナタはともかく手拍子のように軽快な会話でした。
16 糞の礼 qbcさん 1000
今期のは体験記をもとにした虚構だったのではないかと思って読みました。なので三浦さんの読まれたように、性に関する話としてあえて構成されたものではなくて、そうした性的な語りを自然に織り込んでまとめられた結果それがあるのであり、その辺はqbcさんらしさであるように感じました。
ところで白髪頭と関さんの怒りの正体についてはもう少し考えてみる必要があるかと思いました。ここがポイントかと思ったのですが、あまり表現を重ねず、かわりに登場人物が一気に増えていったもので、私としては正体を掴みづらく感じたのです。
「仕事だからするけど」というのはただ白髪頭の怒りへの反発であって、本来の関さんの思いとは、もしかしたら少しずれていたのではないか、と仮説してみました。
白髪頭はおそらく、障碍のある子どもの所作によって世間から白眼視されるという体験を積み重ねていたのでしょう。そのことへの反発が、白髪頭の怒りにつながったと想像することは、この文脈から容易でありましょう。
しかし、この体験を乗り越えてきた人は、子どもを代弁するという目的に発するエゴイズムを捨てて、おそらくこの場面で自然と謝罪していたのではないかと思います。関さんがそのことを感じていたのかいないのか、ここではよくわかりません。しかし、白髪頭の怒りさえなければ、別に床を掃除することを厭わなかったのではないか、そんな風に考えました。汚しちゃったことを一緒に笑い話にしながら。ただのパートのおばちゃん、が持っている生活の底力のようなもの、体験に培われた迫力のようなものが、ここに見え隠れしているのではないでしょうか。
ですが、肝心の関さんの家族についてはひとつも語られず、関さんに共感する支配人のことだけが語られています。あえて関さんの生活を語らず、支配人の言葉を語るという距離感もまた、感情の湿度を落としてあえて観照に依る姿勢の結果であるようにも思えます。このあたりのすっ飛ばし方もqbcさんらしいように思えます。個人的には読みづらかったのですが。
また、この支配人の言葉を生活体験に由来する共感から出たものと推測すると、今度は「パートの精神衛生管理」を担うという主人公の自負に、若気の至りとでもいうものが見えてくるようにも思えます。
事実は小説より奇なりと言いますが、実体験から創作を起こす愉しみの真髄は、こうしたところにあるのではないかと、この作品を読んで感じました。作者の意図しない読み方だと思うのですが、こういう体験ベースの創作を、湿っぽくならず自然に形にできるスタンスが自分にはないと思って、正直脱帽しました。
17 海退 川野佑己さん 1000
> 一応、帰るべき場所はある。
かどうかちょっと怪しいようだけれどこの一文で説得しきってしまおうとしているのか、とか思いつつ。
> 灰色の砂埃が、原付のタイヤにまとわりついて離れない
回転するタイヤにしてはねばっこい表現でおもしろいなあと思いつつ。
四つの節に分かれるこの小説は、「起」の部分に過去から現在への流れ、「承」で過去に通じる海の空想、「転」で近い将来の海へ思い、「結」の部分で海への途が開けた瞬間を描いて物語を終えています。そのために、主人公と同じく今海にいないはずなのに、寄せては返す波に揺られているような気分になったり、ふと乾いて海退した空の下に投げ出される錯覚に陥ったりと、主人公の所感の中で海の満ち干を感じることができるというのは、得がたい表現力であろうかと思います。いやほんとうにうらやましいことです。
海退を解体と読んでみると小説的な何かを解体するような印象があったり、何かを懐胎する次世代のテクストであろうかとも思ったり、いや次世代なのかどうかそこまでいろんな小説を読んだわけではありませんが、自分の中ではとにかく新鮮でした。
18 仮面少女 壱倉柊さん 1000
> ヘンテコな名前を使って正体を霞めて、睡眠時間を削って。
自嘲でしょうか。業界を描く風でネット創作を描くと。これは新しい。登場人物が多くて似たような会話して、そのへんの仮面性もあって、実にそれっぽいです。とか思っていたら、
> 僕にはこの世界で出来ることが確かにある。それで今は、何も問題ない。
だそうです。こういう確信は私には無いです。
ファイト。
あと冒頭の「レーコ」だけ妙に昭和歌謡っぽくてなんか好きです。
19 車内の吐息 櫻 愛美さん 999
> この状況が分かるか。
もう少し描写してもらえるとわかると思います。はい。
主人公の彼女はただの赤面症というか、緊張体質なのでしょう。別にチャラ男に惚れた話ではないですよね。
西条…広島か長野か愛媛か。いずれにしても、そのあたりの駅間距離で、数駅を徒歩通学とは、まことに根性ある女の子です。
20 顔 三浦さん 994
「彼」の顔の覚えられない「私」の一人語りから「彼」と「私」の対話、「彼」の一人語りと続くうつくしい幻想的な物語で、かんかんのうの登場から時制が逆転しているのだろうと思ったのですが携帯電話の順序がいまひとつわかりませんでした。
盲目、生死、かんかんのう、というのは前作と同じモチーフを使っているのですね。
21 オレンジ fengshuangさん 606
夜に暮らすリアリティを追求してみると、明暗の対比がもっと強く出たと思います。夜でなければいけない仕事、夜に暮らさなければいけなくなった主人公の過去。そのあたりから広げてみては。
22 常連のお客様 わらがや たかひろさん 1000
常連の猫さんよりマスターの方が寂しがりやな感じです。
23 祖母の入院 わたなべ かおるさん 982
死を前にした祖母の言葉が、それまでの長い人生で培われたであろう女性観と反転しているところが気になります。女に学問はいらぬというのがどういう経験や思いから出てきたのか、それを孫である自分はどう受け止めてきたのか、それなりに認めているところはなかったのか、死の直前に意見が翻った時に二十年余の祖母像は崩れ去ってしまうのではないか…1000字で人生語るのはなかなか難しいのだなあと改めて感じました。
24 さあ、みんなで! ハンニャさん 999
え、ここでやめちゃうの? みたいなところで物語を終わらせてくるのがハンニャさんらしいと最近思います。こういう物語ならそうするであろうという起承転結のどこか一部にフォーカスを当てて、その部分を楽しんで書いている感じ。
25 シルク るるるぶ☆どっぐちゃん☆さん 1000
芸術の神様がいるよ! qbcさんみたいな神様です。ダイジェストされた無数のセンテンスをマーケティングに基づいて集合させると、歴史はこんな風に見えるのかも知れませんね。