1「赤い目」
・納得できない点
「うさぎ達の所へ駆け寄りその場にへたり込むと、泣きながら謝った」
という一文が、大袈裟に思える。だって、これぜったいに嘘だろう? こんなことやったことないだろう? 観客の目を意識してるだろう? 一歩譲って、このうさぎが人間の比喩だったとする。それなら土下座することもあるかも、と思っても、やはり
「ごめん、ごめん、ごめんよ」
は、表現としてくどい。見てはいけないものを見てしまった気がする。
・参考にしたい点
兎が好きでたまらないが、その「好きでたまらない気持ちがわずらわしいから逃がそう」と考え、はたまた「やっぱり自分を追いかけてくるうさぎはかわいい」「ごめん、ごめんよ」
……と二転三転する流れそのものがおもしろい。
2「いつまでも、貴方のもとに。」
・納得できない点
16歳の男が28歳の女を閉じ込めている話だということはわかった。女が男に魅力を感じているというのもわかった。でも閉じ込められている女が「自由になりたい?」ときかれて
「いいえ、私はここにいるわ。」
と答えるところなどを読むと、すべてが男にとって都合がよすぎる。あまりにもこの話が作者自身の願望そのものであるようにしか思えなくなってくる。作者が理想的な男になりたいのか、尽くす女になりたいのかわからないが。
・参考にしたい点
徹底的に閉じられた話であることに興味を覚える。この物語は密室の男と女と鳥しかでてこない。おまけに女は監禁されている。彼らの背景にあたる社会生活がまったくみえてこない。それは描き方次第ではプラスにもなる。制度や世間とはべつの、日常の異次元を垣間見せてくれる話になりうる。
3「マッチ箱より」
・納得できない点
受験勉強で疲れた主人公とすてきな女と妄想の象という組み合わせのなかで、主人公の饒舌が気になる。仮にこれが長篇小説の一場面だとすれば問題ないかもしれないけれども、ひとつの話として読むと、結局は「何もしていないと死にたくなる。」といった主人公の独白がナルシスティックに思えて、そういった自意識過剰さが鼻につく。単純作業が僕を死への渇望から救ってくれる、とか、泳ぐのをやめると死んでしまう魚みたいなものなんだ、とか。
・参考にしたい点
「緑色のロングコートを羽織った女の子が残っていて、僕は彼女が廊下で一人でスキップしているのを見たことがあった。それで僕は少し彼女のことが好きになった」
という描写がとてもいい。ここはかっこつけていない。「泳ぐのをやめると死んでしまう魚みたいな」といった誰かが使ってるような表現より、拙い文ではあっても、自分の言葉がいい。この文章には力がある。
4「たまねぎ」
・納得できない点
前半部分が納得できなかった。ピキューンピキューンの書き出しの文章はどこか読む気が萎える。次の、二○××年、彼らは世界中に現れた、というのも、文章としておいしくない。
・参考にしたい点
「大阪から広がった、一連のたまねぎ食い倒れブーム。」
中盤にでてくるこの一文が劇的によかった。この一文が、前半の説明的な印象をいっきに拭い去った。食糧危機の解決、とうまくまとめてしまうよりも、たまねぎの姿をした宇宙人が地球を襲うが「大阪から広がった、一連のたまねぎ食い倒れブーム。」に淡路島の人が呼応し、その結果、関西人が世界を救った、と持っていくほうが個人的には好きだと思った。それくらいこの一文は想像力を刺戟してくれる。
5「魔法使いレイリー・ロット」
・納得できない点
「ダンジョンの最深部でモンスターに囲まれたときも、レベル100のミミック」
という箇所が残念。何かの漫画やゲームを知っていることが前提で書かれている気がするから。伝説の剣とか。クエストとか。
・参考にしたい点
「酒場“愉快なゴブリン亭”の片隅でジンを舐めている彼」
という冒頭を読んだときは正直、すごく期待した。デイケンズの小説みたいだったから。モンスターや戦士などといった借り物の設定を使わず、普通の市井人たちがこの調子で描かれていればいいのにと思って残念だった。
6「ペプシコーラと死」
・納得できない点
「さっき遺書代わりに日記を書いたから読んどいてちょうだい。」
という箇所などを読んだ人は、これが「短編」でなければ、この続きを読むのをやめると思う。
・参考にしたい点
17歳の高校生が、ペプシコーラを飲んだら骨がとけるからいけません、と言われたのに反抗して、ペプシコーラを飲みまくった挙句に自殺にはしる――という設定が、アメリカの学園映画にでてきそうで、かわいらしい。
7「雨の日に」
・納得できない点
「しっかりものの部長レナちゃんも、実は不安を抱えていたことを知った」という話なんだと思うが、それが冒頭の「親友のレナちゃんはいつも歌うことと笑うことしかしなかった。」という部分から予想できてしまう。そうすると小説を読むのが、結末を確認するために筋を追うようなことになってしまって、読み手としては不満がのこる。
レナちゃんを泣かさなくてもよかったのではないか? と提起したい。いつも笑顔なわけないだろう、きっと陰でないてるんだろう、とむしろ主人公を疑り深くしておいて、それでもレナちゃんは泣かない、という方がいいと思うんだが。
『ずっとあとになって、私達は再会した。ねえレナちゃん。あのとき悔しくなかったの、どうしてレナちゃんは泣いたりしなかったの、と私はずっと疑問に思っていたことをきいた。そりゃあ悔しかったわよ、一生懸命やってたもん。とレナちゃんは言ったあと、泣いてやるもんかって思ってたわ、と呟いて、昔と同じように歯をみせて笑った』
(↑と刺戟されて書いてみた)
・参考にしたい点
「傘を忘れて、私は屋根のあるバス停まで一気に走りぬけた。カラフルな傘が通学路には並んでいて、私は無理やり間を通り抜けた。みんなに傘を忘れたことを気づかれたくなかった。」
この箇所はとてもすてきだと思う。レナちゃんが泣くことで最後は終るだろう、と冒頭で予想してしまった私には、レナちゃんに既に興味はなく、むしろ上記の一文が、あまりに生き生きしていて、予測不能だったために、大袈裟にいえば少し慌てた。「私」の心の動きよりも、こうした状況部分がとてもすばらしい。
8「蟻」
・納得できない点
「そのときはじめて僕は彼を愛していたのだと知った。」
この一文がそれまで積み上げてきたディテイル
をぶち壊してしまっている。僕は彼を愛す、という表現がホモセクシャルであるところもそうだけど、「俺はあの娘を愛してた」と、ホモ部分を置き換えたとしても、受け入れられない。つまり、「愛している」という言葉は、強い力をもっているから、作家は簡単にこうした言葉をつかうべきではない、とつよく思う。
・参考にしたい点
「蟻はすべて採集し、それぞれの個体の色彩の微妙な違いに関する「研究」(当時、僕はそう呼んでいた)に夢中」
という箇所から、話しかけられても「それどころではない」というほどまで、蟻の色彩に夢中な主人公という設定がおもしろかった。無理矢理「恋話」へつなげる必要はなかったのではないか、と思う。このまま蟻の研究に没頭している男の話として終えるのも味わいがあると思うのだが。
9「無限大はどこまでも」
(投票予定)
10「10時5分ちょっと前」
・納得できない点
よくわからなかった。10時5分ちょっと前、というのがキーポイントなのだということはわかったが、「私があなたに出合った」というのと「彼」というのは同一人物なのか? そして、中学や高校のエピソードがあるけれど、ここで語られている彼らは学生なのか、大人なのか?
・参考にしたい点
この主人公は「彼」(あるいは「あなた」)のことを好きだとあるけれど、この「彼」のどこに魅力があるのかが少しも書かれていない。これは「納得できない」ところともとれるけれども、恋愛の盲目を表現しているのだとしたら、ある種の真実だろう。