穢れた手
「ほんとに?」
クラスメイトの楽しげな言葉を聞きながら自分の髪を触る。うなじの横で括った二つの髪を、胸の奥にある自分の言葉を留めるために、身を竦めるようにして両手で握る。その仕草が恥ずかしがっているように見えるらしく、わたしはよくからかわれる。クラスメイトの一人が他のクラスメイトを囲まれて自分の彼氏の話をしている。
キスをした舌を入れられた身体を弄られたセックスした。
わたしの中に生まれるのは嘲りと憧れの言葉。へえ、いいよね。本当に羨ましい。好きな男の子となんでしょ? わたしみたいにお金で買われてさせられてるわけじゃないんでしょ?
「うぶだね、恵美里はほんとに」
別の友達が背中に寄りかかってきてからかう。首に回された腕は夏の名残で日に焼けた小麦色、穢れなく、きっとまだ男の性器など握ったことはないだろう。一瞬あとに、わたしの表面が恥ずかしそうに俯く。
生みの親のつけた名前はきさら。養子として引き取られた家では恵美里。借金の肩代わりをする条件として、わたしと生みの親はもう二度と会わない約束をした。そうやって売られた先は田舎の旧家、年老いた独裁者がいて、その中では誰も逆らうことができない。
わたしは家の前で括っていた髪を解く。そうすることで仮面を剥がす。仮面? わたしがときどきわたしを嘲る。へえ、するとお前の本性はあれなんだ?
舌と唇で奉仕したあと、濡れた陰茎を指でこすりながら跨る。入れるときにはお礼を言う。“入れてもらえる”のだ。可愛らしく鼻を鳴らしながら身体を揺らしていくうちに、老人が「恵美里、恵美里」としわがれた声で呟き、わたしの膨らみかけの胸を乱暴に掴む。
「気持ちいいですか」
「ああ、いいよ恵美里」
わたしはその皺だらけの手を冷めた気持ちで見下ろす。恵美里。もしかすると昔の恋人の名前? わたしはその人に似ている? きっと貴方にとって思い出深い、けれどもう会えない人なんでしょうね。
わたしもいつか、いつかその人のように貴方の前からいなくなる。ここから逃げて、もう二度と戻らない。恵美里でもきさらでもない、貴方達の知らない別の誰かとして生きる。
(ほんとに?)
粘った水音と老人の声に混じってわたしを嘲る声が聞こえる。
(ほんとにこの家から逃れられると思っているの?)
……黙れ。
わたしは乱れた髪を押さえる振りをして耳を塞ぐ。穢れた手。老人の首を絞める自分の姿が脳裏に浮かぶ。