以前から気になっていたのだけれど、投票するときの感想文の中に、「好き」とか「良かった」ということを、ただ一言書いただけの感想が増えている気がする。しかし、これでは感想文と言うより、SNSによくある「拍手ボタン」を押すだけの行為と大して変わらない。それに票をもらった人も、感想文が「良かった」だけでは、何がどう良かったのかまったく分からないのではないかと思う。
個人的な考えを言うと、この『短編』というサイトでは、投票そのものより、むしろ感想文の方が重要だと思っている。もちろん、票を沢山もらえれば嬉しいし、創作の励みにもなるのはたしかだ。でも、お互いに感想文(「良かった」だけではない文章)を書き合ったり批評し合うことのほうが、もっと重要だし貴重なものだと私には思える。
納得。良かったから票を入れる訳だから。その先にある感想は知りたい。
ただ、読むのも好きで、感動を言葉にすることも得意な人が、自身の思いを文字にした途端、貧弱になることもあると思います。
どう良かったか、ということを言葉にするのは難しいのです。
投稿者が投票者の場合、ある程度文章は書けるので、どう良かったのか、どう悪かったのかは書けるとは思います。しかし、自分もそうですが、勝手気ままに書く自身の1000文字創作と、他人様の1000文字の評価は別ものであります。
投稿者ではない読者が投票者の場合、読むのは好きでも、書くことが苦手な場合だってあると思います。
何が言いたいかというと、とにかく思ったことは感想として書くということが大切だということです。良評、悪評それぞれ何かしらの投げかけがなければ切磋琢磨はできませんから。
私の考えでは、ただ「良かった」といったような感想を書く人というのは、岩西さんが考えるような「書くことが苦手な人」とは違う気がします。実際の感想文を見てみると、言葉がつたないというより、何か心がこもっていないというか、投げやりな感じがするのです。もちろん例外はあるかもしれませんが。
だから、それじゃ駄目だろうということで、わざわざ投票について意見したということです。
並べると同じ人が投票してるようにも見えちゃいますけどね。いたずらなこと言いますけど。あとの人が真似てるのかな。それとも今回の「ひーろー」みたいに、偶然かな。
2016年1月14日 8時54分5秒
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感想
良いと思う。好きだよ、こういう話。
2016年1月21日 22時42分40秒
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感想
好きだな、この話。
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感想
良いと思う。
僕は2票で決勝に行けちゃうことも寂しく感じちゃって、なかには「よかった」だけの票もあっていいと思いますけど、確かにそんな票ばかり並んでいるの見たら、なんだかなってなっちゃいますね。
〉 私の考えでは、ただ「良かった」といったような感想を書く人というのは、岩西さんが考えるような「書くことが苦手な人」とは違う気がします。実際の感想文を見てみると、言葉がつたないというより、何か心がこもっていないというか、投げやりな感じがするのです。もちろん例外はあるかもしれませんが。
〉 だから、それじゃ駄目だろうということで、わざわざ投票について意見したということです。
一つ訂正させてもらいたいのですが、「良かった」だけの感想が『増えている気がする』というのは、どうやら私の勘違いでした。過去一年分ぐらいの予選投票を調べてみたのですが、「良かった」だけのもの(あるいはそれに類するもの)は思ったほど見当たりませんでした。その点について、お詫びします。
たぶん、投票行動が少し変だなと思う回があったので、それと勘違いしたのだと思います。
それからクロクマさん
「僕は2票で決勝に行けちゃうことも寂しく感じちゃって、なかには「よかった」だけの票もあっていいと思いますけど、確かにそんな票ばかり並んでいるの見たら、なんだかなってなっちゃいますね。 」
まあ、できるだけ文章を書いて下さいということと、できるだけ投票して下さいということをお願いしたいですね。