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初めに。本投稿は第58期全作品の感想ではありません。
今期の黒田皐月は、思ったときに思ったことを投稿しようと考えております。そしてそれに否定の方向性を持たせて行おうと思っております。

その最初の矛先は、『線形虚構の解体(おためし版)』。なぜならば、前期の作品を面白くなかったと言ったのが私だから。

最初に言っておく。この作品が作品として存在していることは、それはそれで一種の挑戦として評価しておきたい。この内容が例えば掲示板に投稿されたとすれば、それはただの言い訳に過ぎず、見苦しいものでしかなくなるだろう。
その内容であるが、これは読者に、ある、と言うよりも作者の理想とする読み方を強要しているようにも見える。「虚実を重ねて読む」ということは、ある作品に対して複数の見方で読むことを薦めていることではあるが、それはそれが可能である力を持つ読者は是非試みるべきことなのだろうが、すべての読者に要求すべきことではないはずである。このことが本作品の前提条件として挙げられており、それは私には承服できかねることであったため、それだけで私は本作品を好きにはなれなかったのである。
次に第二段落であるが、ディレンマに陥れることによって連作の関係性を想像させることにこの作品群の意義があると言う。しかし、前三作に決定的な矛盾があっただろうか。どれが作者の本当の姿だろうかと疑わせることができていただろうか。三作は並列ではなく、どれかがどれかを内包するようなものになっていただろうか。私は、否であると思った。
第三段落は、読者ごとの読み方があることを認め、それによって階層性は目に見てわかるようなものではなくなると言う。このことを、読者の感想を作者が取り入れることによって、後発の作品に反映させたときに、作品群がより複雑な色彩を帯びることは、正しいと思われる。ただし、ひとつの視点しか持てない読者を切り捨てる結果になる危険性も孕むことになるかもしれない。
そしてその次、面白くなかったという意見に対して、それはメタ化あるいはネタ化が上手くいかなかったためと言う。それを言ったのは私であるが、その理由はそこまで高尚なものではなかったつもりである。ただ単純に、ひとつのネタとして斬新さを持つほどのものではなかったと、それだけのことを言いたかったのに過ぎなかった。
最終段落と言うよりも最後の括弧書きに、作品群がまだ続くことがほのめかされている。<うんこ三部作>がそうであったように、作品群としての面白さも併せ持つことになることを期待して、本作品の感想を締めたいと思う。

次に意見を述べておきたいのは、7月14日14時30分の白紙投票にある感想について。

短編に大切なことを「オチ」「スピード」「意外性」と明示したが、大切なことがそれでなくてはならないとは、私には思えない。
例えが漫画になってしまうことが口惜しくもあるが、ストーリー漫画と四コマ漫画とイラストでは、求められる要素は異なると思う。それぞれの中でも求められることは作品によって異なるとも言えてしまうが、挙げられた三つは四コマ漫画で求められるものではないだろうか。それに対して短編小説には、ストーリー漫画のような作品も、イラストのような作品も存在している。例えば、最近十期で私が名作として挙げたい作品に『回送』や『筒井筒』などがあるが、これらの作品には少なくとも「オチ」の要素を求めるべきものではないと思われる。
後段の主張にもある、評価側も目を養う必要があるということは、偽りのない事実である。ただし、『短編』は作家にしても評価者にしてもプロ集団ではない。そうであるため、評価側の目を養うために必要なものは、より多くの評価ではないだろうか。他の作品と並べられることによって作家に得られるものがあることと同様に、他の評価と並べられることによって評価者が得るものはあると、私は思うのである。

―――言うだけならば、簡単だ。

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