端的にお答えしますと、チキンさんの「評」は全体的にきわめていい加減であり、それを補充する意味もあってとむさんは『暑寒』を取り上げられたのだろうと思ったからです。もちろんこれは私の個人的な感じ方ですが。
こんなことを言うとまた、一般的な読者の素直な感想を否定する、閉鎖的なサイトだとかなんとか文句が出そうな気がしますが、こういう柄の悪い直言をするのは私ぐらいなものなので安心されたし。
感想も一つの作品であると私は考えます。当然それについての感想もあり得ます。簡単にいえば、作品をけなす以上、自分の感想文もテクストとしての出来を問われるのを覚悟すべきだと言うことです。
「 論文を模した作品なんだろう。が、実力が足りていない。知識が足りていない。従って粗が目立つ。しかもそれらの粗を己の想像で補えないのがこの手の作品のつらいトコロ。
少なくとも知識に関しては、地元の図書館に1日でも籠もればそれなりに得られたと思うのだけど。
30点。 」
これが『暑寒』評の全文ですが、何を根拠に断言しているのか全く不明な御託宣です。「実力が足りていない」と言うのであれば、どのような理想に対してどこがどう劣っているのか明らかにする必要があり、「知識が足りていない」と言うのであれば、誤謬を具体的に指摘すべきです。さらに「粗を想像で補えない」というのもまた違うので、この作品にいかに想像が使われているか、丁寧に追っているのがとむさんの感想なわけです。
かくの如く全く読めていないにもかかわらず、「図書館に1日でも籠もれば」なぞというのは全く方角違いであって、「30点」というのはこの作品に対する自分の読解力を告白しているように見えたということです。
まあここまでズケズケ言ったら、海坂の言い分などもうあと百年は受け入れられそうにないですが、この作品そんなに難しいか?と思うんですけどね。先にも言った通り、この夏の異常な暑さという普遍的な状況を補助線にすれば共感できるのではないかと。
最後に取って付けたみたいですが、全感想はやはり貴重であると思います。何たって全部の作品に何か書くってのは大変です。それに対してこんな無遠慮に非難するなんてまあひどい人。という批判を、今度は私のテクストが受けるわけです。
かくして私のような無縁の読者を引っぱり込む作用があるので、やれる人はめげずにやって頂きたい。私もまだ実は『暑寒』しか読んでないんですが、いずれ全作品読んでみようと思ってます。たぶんもうこうして反論することはないと思いますが。