え、貴重な意見
読めない はよおくわかります。
僕は題名で、読めないな と思うことが多く
その僕に対して感想を書いて頂けることじたいありがたいです。読んでくれてありがとう。
感想無しとかよくありますので。下手に感想書くとなんかごちゃごちゃ言われるとか、避けられ ああ、なるほど。
アシモ、寒っ 読めねえ。
アシモ、ふふ。かわいい。
これもごじっぽしゃっぽ。
嫌いという感情は
嫉妬アンド同性嫌悪というのかね
S&D
嫌だなと思う内実に自分の姿が含まれていて
見たくない。
そう。俺も読みたくない。スプラッタ。今はね。幸せになりたい、と不幸に沈みたい、は逆に見えて
根っこは同じことなんだよね。
不幸に沈み浸るのはもうあきたから
幸せにひたるのはあきたから
動くのはあきた
考えるのはあきた
とか生命状態によりけりね
ぐるぐる回るもんですよ
と、まとめるとね、 反対の考えとか嫌な感情論でも言ってくれる人がいるだけ幸せということ。
最近は部分否定をすぐ人格全否定にまで陥るからね。
人格全否定なら何にも言わない。関係ない。
好きやから嫌いとかもいえる
ムカっとくる
無視の内実は努めて(努力して)見ないようにする
ですから。
いじめなんてイジメる人の内実をくすぐられる (嫌な自分の内実)に対する過剰反応発作
で
愛と憎しみ 裏表
わらちゃんまた来てよ〜。
文学の王道と覇道
的にいえば
千文字で正統派王道できるのか?詩なら、まだしも、と
王道やりたいなら短編は出ていかないと無理があるよ
となるのかなあ
音楽のメジャーレーベルとインディーズみたいな ものか
真実をグロく出すと商品にはならないがコアなファンはいるみたいな
コンサート会場とライブハウスみたいな
コンサート会場ではトークは遠いがライブハウスでは近いみたいな
時代がかわればライブハウスの方がテレビのなかよりよっぽど人間的で王道だったんだと気付くみたいな
60億人いて百人ぐらいしか短編みていないんやから
数の錯覚
まだ始まったばかりやからね、
寄席 落語みたいな王道系はイメージとしてはある。
講談とか