記事削除: パスワードの入力

削除する記事の内容

 おひるねXさん、こんにちは。

 今朝は慌てて投票したので、舌足らずな感想に後味の悪い思いがあり、掲示板の方で少し具体的に書くつもりでした。よいタイミングでご指摘をいただいたことに、感謝しています。レクチャーなんておこがましい。誰もが、いつでも、感じたことを持ち寄って、ああでもない、こうでもない、とお互いに言い合えるのが、「短編」のいいところだと思ってます。

 今期の作品から、2つ、例を挙げます。ただ、いいですか、あくまで僕が個人的に感じ・受けとめたことですからね、作者の意図とはかけ離れているかもしれません。そこんとこよろしく。

 一つめ、『時空蕎麦』。おまえはこの小説に投票しなかっただろ、という突っ込みは、どうかご容赦を。何しろ、投票したい小説が6つもあったんです! それはさておき、この小説、なかなか企みに満ちた面白い話だと思いました。どこが面白いのか。この小説に登場する「私」です。
 考えてみれば、この小説、「私」がわざわざ登場しなくたって、ちゃんと成立します。試しに「私」が含まれているセンテンスを機械的に削除してみましょう。ほら、だいたい問題なく読める。むしろ語り口は整理され、すっきりしたシンプルな小説として読める。でも同時に、この小説がかもし出す、どこへ連れて行かれるのかわからなくなるような、わくわくするような印象は、四散してしまいます。
 もう一度「私」を呼び戻して、最初からこの小説を読んでみましょう。いきなり「私」が登場するところでは、やっぱり、びっくりしますよね。でも、続けて読んでいくうちに、「私」に誘われ、「私」に寄り添いながら、こっそり「男」の姿を盗み見ているような気分になってくる。かと思うと、いつのまにか「私」の妄想に取り込まれてしまっていることに気づいて、愕然としたりもする。
 もちろん、いきなり語り手の「私」を出すなんてこと、普通は禁じ手だと思います。唐突だし、「私」がいったい誰なのか、最後まで手がかりが得られないから、戸惑う読者も多いでしょう。「私」が出てこない方が、ずっと、普通の小説っぽい感じですね。でも、小説のすっきりしたバランスを、わざわざつき崩してしまうような「私」をあえて導入することによって―そういうリスクを引き受けることによって、この小説は、語りの迷路を出現させることに成功している。そう、僕は思いました。この「私」の登場は、果敢な冒険だと思いましたよ。

 ではもう一つ。シンプルで端正なたたずまいを見せている『スーパードライ』は、どうでしょう。
 この小説はなんの衒いもなく、語りのたくらみもなく、むしろぶっきらぼうなくらい自然体で、僕たちの目の前に立っています。でも、この小説にもすぐれた仕掛けがあって、それはいうまでもなく、作者がとっておきの隠し味として用意した「だけまくら」という言葉です。
 試しに、「だけまくら」を、「抱き枕」に置き換えて読んでみましょう。なんのことはない、これもまたちゃんと読める。ちゃんと読めるけれど、でも、まるでビールの泡がちょっと抜けたみたいに、なんとなく物足りない感じがしませんか。
 もう一度、「だけまくら」に戻して読んでみる。すると、なんだか言葉がスコーンとすっぽ抜けたような、脱臼してしまったみたいな、不思議なおかしみが生まれることに気づくと思います。へんてこで、文脈にそぐわない、しかも唐突な言葉なんだけれど、この言葉がないと、決定的に寂しい。投じるにはちょっと勇気がいる言葉でしょうが、でも、やっぱりこの小説は、この言葉を中心に回っている。
 小説の均衡をぐらつかせるのに、錯綜した語りや、構造の複層化が、必ずしも必要なわけではないことを、この小説は教えてくれます。日常の言葉、常識的な表現を、たった一文字だけ踏み外し・逸脱させるだけでいい。名手は、最少限の異化によって、言葉の味わい、読後の余韻を、一変させることができます。

 さらにまた、今期のくわずさんの小説や、エムありすさんの小説は、果敢を通り越して蛮勇というか、最初から足場がぐらぐらした崩壊寸前の橋を、ジャンプしたり宙返りしたりしながら渡ろうとしています。こういうことは、経験を重ねた練達の書き手にして初めて成し遂げられるアクロバットで、僕には到底真似できません。

 ただ、ここが難しいところだと思うのですが、バランスを欠くことを最初から狙いさえすれば、面白いものになるか、というと、絶対にそうではないんですよね。奇をてらった言葉のオンパレードで、全編「だけまくら」で埋め尽くしたとしても、たいていの場合、ただ混乱しているだけの、意味のない言葉の無用な堆積物ができるだけです。

 
 僕は、たま〜に、こんな訓練をします。
(1)まず小説の均衡、バランスを考えて、普通の小説を書く。(2)そして、そこから、あっちの言葉を置き換えたり、こっちの読点を削ったりして、ちょっとずつバランスを崩していく。
 砂場で、小さな砂山を作って、小枝を一本立てて、それから交互にちょっとずつ砂を削りとっていく遊び、ありますよね。小枝を先に倒した方が負け、という、あれです。あんなふうに、「これを抜き取っても、まだ小枝は立っているかな」なんて考えながら、ちょっとずつ、初稿を変形させていきます。
 でも、やっている最中は愉しいのですが、結果は無残なものだったりするので、ご参考にはならないかも。ごめんなさい。

 実は僕も、次期投稿用に一つのお話をいじりまわし、いったん投稿したものを取り下げたり、また上げたり、ひどいひと月でした。お互いの健闘を祈りつつ。

運営: 短編 / 連絡先: webmaster@tanpen.jp