#1 てんとう虫
自分の感情の流れが書かれているが、共感できるほどの情報量がない。勝手な解釈を挟める少し前の部分で途切れている。この小説を読んでいると少し複雑な気持ちになるところがあるけれど、作者の狙いはそこにはないように思う。
#2 若人は我が物顔で森の中を練り歩く
楠本隊長の過剰な反応や、小出隊員への嫉妬が、山や森の中では正しいと思うが、若い人にはルールやコードを無視して歩き回れる、蛮勇の様なものがある。年を経て普通は臆病になっていくが、あるいはひょっとしてそのままで突き進めるのでは、という可能性も、若い人にはある。
#4 milk pan
不倫か浮気の話か。同じものを食べたら、いつかおんなじに、ということは、単に食卓を囲んで同じものを食べるということではないだろう。同じことを考えたい、同じ視座に立ちたい、という要求に近づくためミルク味のパンを買うというのは、その遠回りっぷりが、文学みたいでいいと思った。
#5 電車にて
具体的な駅の名前とか、携帯の名前、Twitterなどが登場して、ふわふわしていないところがよかった。暗く、疲れた感じがする。通勤電車というのは、殺風景だと思う。風景に溶け込む、ともまた違って、そもそも風景がない。立っている人は全部彫像。言われてみればそうだな。
#6 五輪書
東京五輪、戦後75年、戦うことの意味。わかりやすい敵がいなくなった。というのはたぶん嘘で、やはり敵はいるとは、個人的には思う。自分との闘いなどという陳腐な言葉では片づけられない。
#7 終わらない国
悪魔と鬼。憎しみが記号になっている気がする。もしくは非現実的過ぎて自分がついていけないだけなのか。憎しみの連鎖の話であれば、もう少し話は短くなるような気がする。
#8 火星小説
小説のことを書いた小説や、それを嘆く小説ばかりだと、火星ではそれが正当な小説になるのだろうかと思った。それだけ小説の内容がありふれているのならば、日常では彼らは何について言葉を交わすのだろうと思った。読者に金銭が与えられる発想は面白いが、読書の作業については、明確な決まりがあるのだろうか気になった。極端な話、最初の1ページや1行でも読めば、すべて読んだと言ってしまっていいのではないか。読んだ、って言うだけでもいい。それで金がもらえるのにそうしないというのは、火星の作者はよっぽど時間がもったいないのだろうか。