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 今期は暑さのせいか息切れして、なかなか感想が進まず、執筆者各位に申しわけない。少しずつ進めます。

『毛の抜けた男』
 小説家修行を大学に例えるとすると、僕自身はいつまでも「会話」の単位がとれずに留年を繰り返しているのだが… そういう人間の目から見て、この作者の会話をコントロールする術の達者さには、呆れるばかりだ。男と女がきちんと他者として相対している。そして、まるで漁船が音波で魚群の影をとらえるように、二人の会話の言葉が、二人を結びつけ/引き離している「関係」の相貌を、その断裂線ともども、くっきりととらえている。
 自己愛の強くて単純な、しかしそれなりの経験と年令を重ねてもいる男。その男をつねに高みから批評し・決めつけることによって、優位を保とうとする女。しかし本当のところ、相手を深く愛しているのは女の方なのかもしれない。実力行使でボールの進路を妨害しようとするのも、「ちっとも汗なんてかいていない」とうそぶくのも、自分の冷たい言葉がちっとも男を刺し貫かないことへの、苛立ちと怯えのあらわれなのかもしれない。そういう愉しい想像を与えるゆとり、余白も、小説の中にきちんと残されている。
 この小説では、作者は男女の関係をスタティックに描写し・観照するにとどまっているが、これほどの技量があれば、1000字の中でこの関係がダイナミックに揺曳するさまを捉えることだってできるに違いない。

『君が死んだら、世界を殺して僕も死ぬから』
「名パーカッション奏者は、一番大事な音を叩かない」…とは、小説における会話の極意を明かすエム・ありすの至言だが、実は、これは会話と地の文にとの関係についてもあてはまる言葉である。地の文が単なる会話の添え木に過ぎないなら、いっそばっさりと切ってしまうのがよろしい。その意味で、今期のこの作品は、地の文と会話との距離、というか齟齬を語りの強力な推進力とした、なかなか例のない小説だと思う。
 海水浴客を殴打しながら泳ぐミーちゃんはプカプカと浮かび上かぶ犠牲者の死体を見て叫ぶ。「ケンちゃん、助けて!」ケンちゃんは助けるどころか、軍用ヘリでミーちゃんを射撃し始める。すると、「もっと優しくして」。
 「ミーちゃん」の引き起こす惨事と、ミーちゃんの可愛らしい言葉のギャップが抱腹絶倒に拍車をかけ、後段に進むにつれてその乖離はさらにタガが外れていく。
 それにしても、どうしてこの状況の中で、「ねえ、こんど虫採りに行こうよ!」なんていう台詞が出てくるのか? こういう台詞を登場人物に口にさせることを、作者は思いつけたのか? そう不思議に思いつつ、試しに地の文をとり外し、会話だけを並べていくと、そこにまったく別の、ナイーブなラブストーリーが浮かびあがってくるようでもある。
 作者は本来持っていた抒情的な小説への志向を台詞として維持したまま、それを荒唐無稽な地の文へ、職人芸的な手つきで接木してみせてみせた。会話と地の文との、優美とさえ言えそうなこの戯れを、笑いながら堪能されたし。

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