1 ……………………!
何が何なのかわからないのは、仕様だろうか。「胃袋が鉄球になって子宮まで落ちる」や「この線!」の件が何のためにあるのかわからない。括弧書きは、これはあるからといって余計に読者を混乱させるものではないが、あってもなくてもわからない。そのため、以下の感想は推測に過ぎない。
主人公は軽度の自閉症か何かのいわゆる心の病を患っていて、それを母親のせいとしているように見える。蛇を食ってしまったのはそれを乗り越えたようにも見えるが実はそれは一時の妄想で、問題は何ひとつ解決していないように見えた。実際は母親は何もしておらず、あるいは主人公十一歳のときに暴行はしたのかもしれないが、蛇も実際には存在していないのだろう。しかしその在らせ方、そして「憎悪以上にその身近であったという点ひとつを頼みに気安さをも抱いていた」という心理描写は、qbc氏の良い持ち味だと思う。
2 スピーチの草案
本文はまるで結婚式場で実際に語っているようであるが、題名はそうとは言っておらず、また語っている式場を描く言葉は何ひとつない。それなのに実際に語っているように思ってしまった私は、読み方が良くないのだろうか。
何か、雰囲気なのか言葉遣いなのかはっきりしないが、半端な気がする。この語り手が超俗の存在なのか否かということなのだろうか。新郎の印象として酒席での話題は喰い物と恋の話ばかりだったとしているが、「先生の恋愛は?」と問われて無言で退けてしまったことで、恋の話を出しにくくはなっていなかっただろうか。それから「煙のような感情を愛しています」、「健康で艶やかな、肉づきの良いのが私の理想」の感慨が他と比べて俗物らしく感じてしまった。さらに違和感があったのは「告白の仕方が分からない」であり、告白をしたかったのかと思ってしまった。
それらとは無関係に、「彼は私の関心領域がどこにあるのか探っていたみたい」が過去形でないのは良くないと思った。
3 プラットフォーム
正月に餅をつくこと、そのときに二年ぶりに姪に会ったとしている割にはある土曜日に普通に会っていてさらにその後もいつでも会えそうな会話をしていること、それから昔に勤めていた会社の女の後輩に対して休日出勤を指示できることが、おかしいと思った。さらに「将来有望な人を虐げる機会を与えてくれてありがとう」という心情があるがこの「虐げる機会」が何を指しているのかわからなかったことと、「地球の大気にまだあまり汚されていない」の表現が浮いていると思ったことがある。
それから、「頂戴した〜理解しがたい」の件から、主人公の人物の書き方が上手いと思った。
4 紙片
『博士の愛した数式』、私は見たことはないが、これが本作に近いのだろうか。
他人によって自分を再確認することで自分を保つという考え方や、徐々に感情的になっていく書き方が上手いと、一読したときは思った。しかしもっと大事な、年齢、職業、性別が不鮮明になってしまうのは、会社の後輩よりも重症なのではないのだろうか。それから、「ただ以前に恋人がいるときは別だった」は改善の余地があると思う。過去であることは「いたときは」とすれば伝わるだろうから、「ただわたしに恋人がいたときは別だった」とすべきだと思う。
5 毛にまつわる物語
小説がコミュニケーションの媒体となることは、異例とするほどのことではないのかもしれない。しかし新鋭の小さな会社で、社長が自作の短編で社員とコミュニケーションを図るというのは、面白い発想だと思う。何毛派などというローカルな言葉が生まれていることから、社長の目論見は成功している。主人公が会社に愛着を持って、会社の役に立ちたいと物語を起案する。大変ではあるが、面白い文化である。誰も社長の作品を越えられなかったから、今でも「毛十本」なのだろう。
それにしてもこの「毛十本」だが、登場人物たちは、条件によっては髪の毛すらなくなったり毛むくじゃらになってしまったりしてしまうのだろうか。怖いことである。
6 泉
温泉ならば湧き出してすぐにそれとわかるだろうと思うと、もう読めなくなる。
私は勝手に昭和何十年代くらいの風景だと思ってしまったが、ストレッチデニムとインターネットが登場しているのだから、それとは違うらしい。しかし、曖昧にしか思い浮かべられないというものではなく、弱々しい叔母だと思ったことなど、読者に思い浮かべさせるに足るだけの描写があることには違いない。ただ、その描写も、「乳白のうなじが見える」は余計だと思う。この種の言葉は意図があって使うべきものだと思う。
7 はりこ
後輩はどうなったのだろうか。久しぶりに部室に行く理由は、後輩でなくてAではいけなかったのだろうか。
題名は手芸を示す「針子」と実は中身のないAを示す「張子」の両方を併せ持たせたように見えた。しかしAは実は他の女とも似たようなことをして遊んでいて、主人公の方が遊ばれていて、「張子」はそちらを指しているのかもしれないとも思った。
Aの奇妙な行動の詳細をもっと知りたいと私は思ったが、それは物語にとっては大事なことではないのかもしれない。興味がずれてしまったことを残念に思う。
8 毛の抜けた男
だんだん読み込みと感想が雑になっているのかもしれないが、何を言いたいのかわからない。なぜ男と女が深夜の小学校の校庭で会っていて、なぜ女は旅行鞄を持っていて、なぜ女はアルバムを持っていて、なぜ男は人を裏切るたびに毛が抜けることとされていて、なぜ男は腕の毛などない方が良いと言ってしまっているのか、なぜ男は邪魔をされて信頼に応えられない状況に陥ってばかりいるのか、そしてなぜ男はいい汗をかいたから良しとしたのか、何ひとつわからない。しかも「シュートなんかできやしない」と言っておきながら、フープは通らなかったもののシュートはしているのである。
9 第三木曜日
怖いということは伝わってきた。老職工たちだけでなく、肩を撫でる院生にもそう思った。だがしかし、嫌な感じを残しただけに思えた。
第三段落で、女が録音機のスイッチを押して記録を開始した後に「老人たちは色づいた」としているが、意識調査をすることは事前に通達しているはずであり、色づいたのはあった直後、面談を開始する前でなければならないだろう。
限られた字数で町工場であることがある程度描けているのは良いことだと思う。「黄金色の薬缶から麦茶を紙コップにもらった」、「床はコンクリートだった。がちゃりと音がした」という描写に対して思ったことである。
10 ばべぼぼぼべべ
くぐもった声は、この短さであれば解読は可能であるはず。しかし私にはできなかった。悔しい。
読んでいてわからなかった組み合わせがふたつあった。ひとつは「姉さんの背中が神懸かっていた」と主人公が思ったことに対して「つまらない人になった」、「ぼくの知らない貴女にならないで欲しい」と言っていることで、かみ合っていないと思ったことである。もうひとつは「植物みたいだった。たぶん生気がないからだろう」と「お酒で火照った頬」の矛盾で、酒が入っているのだから前者が間違っているだろうと思ったことである。
さらに細かいことを言えば、居酒屋の場面で「僕を不倫相手の男代わりにして遊んでいたのか問うた」とあるが、これは終わっていないことなので過去形にすべきではない。