#1 短い弔い
毎日のように理不尽なクレームの相手をさせられていたら、心を殺しながら仕事をするしかないだろうなと思う。
この作品に出てくる「事故」とは、何を指しているのかよく分からないが、作品全体から推測すると、あまりにも酷いクレームに心が死んでしまったことを喩えたものなのだろう。そして、その「事故」によって死んでしまった自分を弔うようなシーンを、少し大げさに表現した部分が面白いなと思った。
しかし、全体的に状況が分かりづらいのがマイナスで、もっと書きようがあったんじゃないかなという気がする。
#2 多数決
確かに、現実社会でも、厳罰化を求める世論が多くなっている気がするし、そのことに不安を感じることもある。感情論だけで、死刑などの刑罰が決まるようになったら、それは理性を失ったディストピアだ。
この作品は、現実の日本社会でも起こり得る、感情論による厳罰化の危険性に警鐘を鳴らしているという点で評価できる。
ただし、この物語の世界にも厳罰化の流れに反対する人はいるはずだし、そうした反対派との格闘みたいなものもあったほうが、物語に広がりや深みが出たんじゃないかなと思う。
#3 夢ぐらい見させて
自分の好きな夢(妄想?)を見ることは、人間にとって最後に残された自由だろう。どんなにひどい状況に置かれても、心の自由だけは誰にも犯せないことを確認できたら、自分が自分でいられる。そういうことを訴えている作品なのかなと思った。
主人公が、頭の中で描いている「夢」は、自分本位な感じもするけれど、あえてそういう書き方をしているような気もするし、そのことによって、どんなことを考えようと心は自由でしょ、と訴えているのかなと。
ただ、最後がネガティブすぎる。
#4 怖い……
本業をほっぽり出して環境事業に熱中するのはやりすぎだが、それぐらいやらないと、現実の環境問題は、本当にヤバいのかもしれない。
社長がつぶやいた「怖い……」の意味(なぜ怖いのか)はよく分からないが、あえて謎にしておくことで、その意味を考えさせようとしたのだろうか。これから「環境問題に取り組む鬼のような会社」になることを想像して怖いと思ったのか、あるいは、環境問題の深刻さに身震いして思わず怖いと言ったのか……。
個人的には、コロナと絡めて書くともっと面白くなったかもしれないなと思った。
#5 コーヒーとミルク
他人からの評価はともかく、自分が気に入らない自分(見た目など)は、やはり受け入れがたいものかもしれない。それは、他人の世界と自分の世界は違うもので、自分の世界には自分なりのルールがあるからだろう。しかし、他人の世界と自分の世界が交わる部分もあって、そこに触れると、少しあたたかい気持ちになれたりする。――そういうことを表現したかったのかなと思った。
#6 オパール
平穏な日常というのは、当たり前のように見えて、当たり前じゃないのかもしれないなということは、たまに考えることがある。この物語の中で、その平穏な日常を守っていたのは、魔法による「結界」だったわけだが、そういう結界みたいなものは、ある日簡単に失われてしまうかもしれないと考えると、少し怖くなる。
あるいは、この物語は、戦争と平和について語っているようにも思える。平和は、それを維持する努力によってなんとか続いているものだと思うが、平和が当たり前だと思っている人には、その努力が見えないこともある。
この作品が言いたいのは、そういう「当たり前」の感覚に疑問を持ってみようということなのかなと思った。
ちょっと話の構成が分かりづらいかな、という感じはしたが。
#7 マスク
これからはコロナだけでなく、色んな感染症が流行る可能性があるとも言われている。だから、根本的な改善がない限り、人前に出るときはマスクを付けなければならないという状況がずっと続く可能性も、なくはないと言える。そう考えると、この作品に描かれている、マスクが当前の世界は、ただのフィクションとは思えなくなるし、現在の状況を考えるための、いい切り口の話になっていると思う。
ただ、この作品で出てくる「マスクが当然の世界」がどんな社会なのかという点について、もっと想像を膨らませて書いて欲しかったなという気がする。
#8 痣食
誰にでも、自分の身体についてのコンプレックスくらい一つや二つはあるものだ。しかし、「巨大な赤黒い百足が這っている」ような痣が本当にあったとしたら、それはもう一般的なコンプレックスとは別次元のものだろうなと思う。
痣を消してくれる男によると、ご先祖様から引き継いだ呪いということらしい。でも、本人にはどうしようもないことなので、とても理不尽な話だが、それが呪いというものかもしれない。
この作品は、そういう呪いの理不尽さみたいなものを表現したかったのかなと思うし、呪いに翻弄される登場人物の暗い雰囲気の表現も悪くない。
しかし、本人が外科医なら、整形手術に関する知見もそれなりにあるはず(手術痕ができるだけ残らない方法も知っているはず)。だから、まずは外科的な除去を試みるの普通で、それをやってもなお、しつこく痣が現れるという設定のほうが自然ではないのか。
#10 パーフェクト・ジジイ
結婚して、子どもを作って、その子どもが孫を作って、という人生を送れたら、とても平和で穏やかな気持ちになれるだろうなと思う。しかし今の時代、そんな平和な人生を送れる人は、だんだん限られてきているんじゃないかなと考えると、この作品の物語は、何だか別の世界の話のように思えてくる。
ユーモアのある言い回しには好感が持てるが、読む人の境遇によって受け止め方が変わる作品ではないだろうか。
#11 言葉盗人
自分の言葉や考えは本当に自分のものなのか、という問いは、普遍的なものだろう。言葉自体は借り物でも、経験から出た言葉は自分だけのもの、といった葛藤が常にある。
この作品は、その言葉(自分の言葉だと信じている言葉)が、実際には誰のものなのか、という普遍的な疑問を読者にぶつけるものであり、読者の側はその疑問について、うーんと考えざるを得なくなる。
なので、その試みは成功していると思うが、この作品では、ただ疑問を投げかけるだけで、自分なりの答えが示されていないので、もう一歩踏み込んだ言葉が欲しいなと。